迫る再戦~好調・村田の胸中は?

2012年ロンドン五輪ボクシング(ミドル級)金メダリストでプロの世界でも再び頂点を目指す村田諒太(31=帝拳)の動向はどうでしょうか。

10月12日午後-。

公開スパーが行われた帝拳ジム(東京・新宿区=本田明彦会長)に足を運びました。

10日後の10月22日(東京・両国国技館)に迫ったWBA世界ミドル級王者アッサン・エンダム(33=フランス)とのダイレクトリマッチ。前回の初戦は、国内外で物議をかもす不可解判定で敗れ、村田に懸かる“今度こそ”の大きい期待を裏付けるように、帝拳ジムにはテレビカメラ7台、100人を超える報道陣・関係者が詰めかけ、ムッとした熱気を漂わせていました。

報道関係者の中には、現役の担当記者に加えて私のようなOB記者も各社から数人来ていて、記者会見用にリングの前に設置された丸椅子の一角が自然にシルバーシートのようになり、威勢のいい現役記者連中から、ハイハイ、あそこの強面先輩が並んだコーナーには近づかないように、など適当にからかわれているうちに村田の練習が始まりました。

ジム内に評論家でマッチメーカーのジョー小泉氏の姿があったので雑談がてら今回の試合に関して聞いてみました。

小泉氏の視点はやはり、採点方法です。前回の初戦、採点を分けた「単発ながら有効打」VS「手数の多さ」のどちらを取るかの判断。2-1でエンダムの勝利となった採点内容は、2人が115-112、116-111でエンダムを支持、1人が117-110で村田を支持でした。

のしかかる“勝って当たり前”の重圧

小泉氏が言います。

〈私はやはり、単発でも効いているパンチのほうを評価しますよ。ボクシングですからね。原点は格闘技、殴り合い、倒し合いです〉

いずれにしても、5点差、7点差がつくような内容ではなく、10-10から始まって、ラウンドごと、どちらかに優劣をつけなければならない採点方法、それが様々な視点を持つジャッジによるものであることに改善の余地があるのでは・・・ということでした。

村田の練習は、観(み)るものを震撼とさせるものがありました。一撃必殺の右ストレートの凄さは、ミットで受ける田中繊大トレーナーが吹っ飛ぶのではないかという激しさがあり、磨きがかかった右を当てるためのボディーを中心とする左もド迫力でした。

そんな中で元世界王者の浜田剛史氏(帝拳代表)が言いました。

〈実力は紙一重です。前回、周囲の目は、村田が世界のミドル級に挑戦することへの驚き、難しいだろう、勝ったら大変、というところにありました。が、今回は、誰もが勝つと思っている。そこが前回との大きな違いですが、勝って当たり前と思われる試合に懸かるプレッシャーは並みではありませんよ〉

村田自身、もちろん「勝って当たり前などという気持ちはありません。ただ挑戦者として戦うだけです」と自分に言い聞かせています。

とはいえ「公開練習は緊張します。早くこの公式行事を終えたいという気持ちでいっぱいです」というところに人知れず、重圧を抱えているのかもしれません。

同じ相手との連戦-ダイレクトリマッチは、お互いに手の内を知っているだけに戦い方は難しいものです。

特にこの2人の前回は、負けた村田が勝っていた、と言われ、勝ったエンダムが負けていた、と言われる勝負だけに、心理面の葛藤が大きく影響するのではないか、とも思われます。

さてさて、この因縁の決着戦、結末はどうなることでしょうか。
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期待が大きい“沖縄の星”

ボクシング好きの友人と雑談中、WBC世界フライ級新王者・比嘉大吾(22=白井・具志堅)の話題となり、友人は「彼の試合、次が早く見たいねェ」と、初防衛戦を心待ちにしているようでした。

フ~ン、そうなんですね~。こうした場でごく自然に比嘉の話題が出るということは、比嘉の存在が結構、一般に浸透しているということなんでしょうね。

友人は、王座を奪った前回5月20日の試合、王者ファン・エルナンデス(30=メキシコ)を6回TKOに下した勝利を、会場の東京・有明コロシアムに足を運んで見ており、村田諒太(帝拳)の世界初挑戦をメーンとしたトリプル世界戦にあって「比嘉の試合が一番インパクトがあった」と、この沖縄の若鷲が“お気に入り”のようでした。

友人が注目する比嘉の“次”は、10月22日(東京・両国国技館)です。村田がWBA世界ミドル級王者アッサン・エンダム(フランス)に再挑戦する舞台で、新王者となった比嘉も、同級6位のトマ・マソン(フランス)を相手に初防衛戦を行います。

友人が、比嘉のボクシングを称賛する大きな理由が〈理屈抜きの分かりやすさ〉でした。

なるほど・・・。一般受けは、それが大きいですね。

2014年6月のプロデビュー戦から13戦全勝、すべてKO勝利。王座に挑戦した前回のエルナンデス戦は、王者が計量失敗で王座を剥奪されており、試合時は“前王者”となりましたが、足を使って離れたがるエルナンデスを比嘉は、絶対につかまえる、と前進また前進で追い詰め、強打を武器としたずば抜けた攻撃力で倒してしまいました。

確かに〈殴り合い・倒し合い〉をボクシングの原点とするなら、比嘉のボクシングは、極めて分かりやすい、といえるでしょうね。

連続KO勝利も懸かる初防衛戦

ところで比嘉の連続KO勝利は、次の初防衛戦にKO勝ちすると「14」となり、元世界王者・浜田剛史氏(帝拳代表)らが持つ国内記録「15」に迫ります。

連続KO勝利に関して浜田氏は「記録だけを狙うなら、パンチ力がある選手なら、誰でもできますよ」と言います。確かに倒せる相手を選べば、記録はどんどん伸びるでしょうし、しかし、それで達成したところで「数字だけでしょ」(浜田氏)ということになります。

問題は内容-。

この件に関して、私が最も記憶に強く残しているのが、2005年1月8日、日本フェザー級王者(当時)榎洋之(角海老宝石)に挑んだ〈金井晶聡(姫路木下)の選択〉です。

プロデビュー以来、14戦連続KO勝利という“勢い”を引っさげて、浜田氏が保持する15戦連続KO勝利の記録に挑むべく東都初見参(東京・後楽園ホール)した金井は、難敵・榎とタイトルを懸けて激突しました。

記録を優先させるのか、タイトル奪取を優先させるのか-。

普通に考えれば、無難な相手から、まず15戦連続KO勝利の記録を手に入れておき、その後にタイトルを狙っても遅くはないのではないか、とも思いますが、金井陣営は「やはり本物ということを証明したい」と難しいほうを選択したのです。

結果、若い金井は、百戦錬磨の榎に翻弄され完敗。KO勝利どころかTKO負けした金井は、これまでの14戦とはレベルの違う戦いに壁の厚さを思い知らされ、悔し涙を流しました。

現在、国内ボクサーの連続KO記録一覧表に金井の名前は〈3位=14〉として掲載されています。それを見るたびに私は、あのときの金井陣営の、あえて闘いの原点に迫った勇気と心意気を感じるのです。

比嘉が、世界王座の初防衛戦で「14連続」を達成し、さらにV2戦で「15連続」に並ぶなら、まったく文句のつけようもありません。

そうして連続KO勝利の新記録を達成して同じ沖縄出身の大先輩・浜田剛史氏を超えたなら、それはこの世界でいう“恩返し”でしょうね。

友人ならずとも、次が楽しみです。

“アイアン”マイクの真実に迫る

テレビの「NHK BSプレミアム」による〈アナザーストーリーズ〉シリーズは、結構、興味ある企画を提供してくれています。

9月19日(午後9時~)の放送は「マイク・タイソン敗北~世紀の転落 27年目の真相~」と題して、最強を誇ったプロボクシングの元統一ヘビー級王者“アイアン”マイク・タイソン(現在51歳)を取り上げ、2度目の日本での試合(東京ドーム)となった1990年2月11日のジェームス“バスター”ダグラス(米国)戦での衝撃的な敗北とその後の挫折、知られざる再生、を携わった人々の証言とともに掘り下げていました。

タイソンは1986年11月にまず、WBC世界ヘビー級王座を獲得します。その後、WBA、IBF王座も次々に獲得、21歳の若さで3団体統一ヘビー級王者にまで上り詰めました。

このころ、帝拳(本田明彦会長)が、東京ドームのこけら落としのイベントとしてタイソンの招へいに動き始め、この時期、スポニチ本紙のボクシング担当記者だった私も、この件に取り組みました。

1988年3月21日にトニー・タップス(米国)相手に3度目の統一王座防衛戦が東京ドームで行われることになりタイソンが初来日。振り返ってみれば、この時代が最強だったのではないかと思われる、このときのタイソンは、名伯楽カス・ダマトのチームに率いられ、欲望をコントロールされ、それをリング内で爆発させる無類の強さがありました。2回2分54秒、TKOでタップスを一蹴-。

2年後、2度目の来日のとき、タイソンの周辺はガラリと変わっていました。大物プロモーターのドン・キングが率いるチームに変わり、取り巻く面々は、親しい幼馴染ばかりで厳しさがなく“緩い空気”が漂っています。

何よりも、アレレ、と思ったのは、タイソンが最も動きやすい、いつもの〈体重98キロ〉を保てず〈100キロオーバー〉となって計量を終えたことでした。

ホコリにまみれた当時の取材メモを取り出し、めくってみると、私は「こだわりを捨てた」「妥協が満ちあふれている」「ピンチ」などの言葉を書きこんでいます。

必然だった2度目の日本での敗戦

あるいは、やはり、だったかもしれない〈世紀の番狂わせ〉と言われた敗戦。10回1分23秒、KO負け・・・。

「アナザーストーリーズ」は、キャッツキルで今は政治家として活動する親友トム・パティ氏の言葉を紹介します。

キャッツキルのダマトのジムに寝泊まりしてボクシングに励んだ日々。「カス(ダマト)は強さを支える背骨のような存在だった。彼の死去(1985年)により、あるいはマイクの挫折が始まっていたのかもしれない」

ダグラス戦での敗戦を観(み)たカス・ダマトの遺志を継ぐ元マネジャー、スティーブ・ロットが口を開きます。

〈(マイクは)重大なミスを犯していたよ。2年前(初来日のとき)は、練習の姿勢からがストイックだった。ボクシングに向き合う姿が真摯だった〉

つまり〈必然の敗北だった〉と-。

この東京での初黒星を境にタイソンは、さまざまな社会的事件やリング上でもトラブルを起こして転落していきます。

「アナザーストーリーズ」は、恩師ダマトの言葉を紹介します。

〈戦いは人生に似ている。問題は負けたことではない。負けた後、どうするかだ〉

紆余曲折を経て38歳で引退したタイソンに寄り添った心理療法士のマリリン・マレー女史は、いつまでも心を開かないタイソンに手を焼きながらも、最後は「本当のことを人前で話せるようになった。彼は愛情をもらわなかったが、人に愛情を注げるようになった」と話しました。

1966年6月30日、ブルックリンのスラムで誕生したマイケル・ジェラルド・タイソンは、常に寂しさと孤独に耐え、心に傷を負った、鳩を愛する少年として育ち、生活の糧となったボクシングも少年院で習得しています。

そういえば初来日のとき、タイソンは、日本に住みたい、といっていました。その裏に〈差別のない日本〉への憧憬があった、と伝えられました。

優しさとそれを隠す凶暴さで心を閉ざし続けたタイソンという男を「アナザーストーリーズ」は、関わった人たちの証言で浮き彫りにしていました。

私自身、長い記者生活の中で〈タイソン取材〉はかなり、思い出深いものがあり、負けた後、どうするかだ、とのダマトの言葉を受けて、時間がかかったものの、最後は立ち直った、としてこのストーリーを締めた番組にかなり、共感を覚えました。

ミドル級“頂上決戦”-ともに勝利を主張!

「ドロー」の結果が告げられたとき、ン? アレレッ? という感じは、否めないものがありました。

9月16日(日本時間同17日)に米ネバダ州ラスベガスの「T-モバイル・アリーナ」で行われたプロボクシグ3団体統一世界ミドル級王者ゲンナジー“GGG”ゴロフキン(35=カザフスタン)vs元2階級制覇王者サウル“カネロ”アルバレス(27=メキシコ)の3団体統一世界ミドル級タイトルマッチの結末です。
(試合は9月17日午前10時からWOWOWが生中継)

熱戦が終わり採点が読み上げられます。

まず、118-110の8点差でアルバレスの名が読み上げられたとき、エッ! となりました。私の採点は、116-112でゴロフキンの勝利-。

一般的に、このところ何かと問題が多い採点は、そのときのジャッジ構成の個々の見方によって起きます。例えば手数対一発有効打の場合、ジャッジ一人一人がどちらを支持するかによって完全に割れます。軽いジャブでもポイントされるようになった最近、これによって採点が分かれるケースが結構、多くなっています。

続けましょう。次に読み上げられた採点は、115-113でゴロフキン。妥当ですが、完全に見方が割れています。・・・で、3人目は、何と114-114のドロー。

ちょっと待ってくれよ。それはないだろ。試合を観(み)ていたファンの方々は、多くがそう思ったのではないでしょうか。注目を集めたミドル級の“頂上決戦”は、3者3様の採点で引き分け、となりました。37戦全勝だったゴロフキンは、38戦目に全勝が途絶えて19度目の統一王座防衛、となったものの、会場を埋めた2万人を超える大観衆も日本でテレビ観戦のファンも、どうにもスッキリしない結末になってしまいましたね。

決定打を欠いた“GGG”の攻撃

展開を振り返ってみましょう。

お互いに様子見を兼ねたジャブの差し合いで試合は始まりました。そんな中、目立つのが、いつものことですが、ゴロフキンのプレスです。前進、また前進で追い詰め、アルバレスは足を使い、下がりながらの対応。序盤はそれが続きます。

ゴロフキンの手数に対してアルバレスの左ボディー、右のアッパーが効果的、滑り出しは互角の打ち合いといったことろでした。

しかし、前進の姿勢を崩さず、しつこく攻めるゴロフキンにアルバレスは5回以降、ロープを背にして受け身となる形が多くなります。後退を余儀なくされるアルバレスとしては、受け身からのカウンターも作戦だったかもしれませんが、見栄(ば)えはやはり、攻めているほう。中盤戦のゴロフキン有利は、どういう角度から見ても、優勢は優勢でした。

終盤は、ともに疲労が蓄積する中、ゴロフキンの手数とアルバレスの一撃の激しい打ち合いが繰り広げられます。公式採点を見ると、10回からの大詰めの3ラウンドは、ジャッジ3人ともアルバレスのポイントとなっていました。

とすると・・・ドローとなった原因は、中盤の攻防に対するジャッジの見方の差、だったようです。

まあ、しかし、誰もがKO決着を予想した、あるいは、そうであってほしい、と願ったこの頂上決戦が、フルラウンドまで持ち込まれ、あげくドローとなったことは、実力伯仲という見方もできる一方、特にゴロキンに言えることですが、あれだけ攻め込みながら、決定打を打ち込むことが出来なかった、という実情が見えてきます。

それは、アルバレスのディフェンスがよかったから、ということも、もちろん指摘できますが、無敵を誇ったゴロフキンの強さの象徴だったその攻撃力に陰りが出始めた、ということもまた、言えるのではないでしょうか。

面白いものですね。攻防の中にさまざまなことが見えたりしてくるのは、やはり、この試合が“頂上決戦”だったことの証です。

結果を受けて2人は、リマッチの方向に進むのでしょうね。

いや、進まざるを得ないでしょう。この2人に限り、完全決着は必要のようです。

さあ決戦! “頂上対決”の行方は?

ボクシング・ファンにとっては、垂涎のビッグマッチがいよいよ行われます。

9月16日(日本時間同17日)に米ネバダ州ラスベガスの「T-モバイル・アリーナ」で行われる3団体統一世界ミドル級王者ゲンナジー“GGG”ゴロフキン(35=カザフスタン)vs元2階級制覇王者サウル“スネロ”アルバレス(27=メキシコ)の3団体統一世界ミドル級タイトルマッチです。
(試合は9月17日午前10時からWOWOWが生中継)

「点」と「点」はいつかは「線」で結ばれなくてはならない-それがこの世界の宿命のようなものです。

この強者2人が、視線の先に対戦の可能性をちらつかせ始めたのは、確か2015年12月頃、だったでしょうか。

まずWBCが、WBC世界ミドル級暫定王者(当時)ゴロフキンに、WBC世界ミドル級正規王者(当時)となったアルバレスとの王座統一戦を行うことを指令。それが2人の対戦の可能性の始まりとなりました。

しかし、なかなかそれが即、実現というわけに行かないのもこの世界の常です。プロモーターがファンの望むものを提供したい、と思っても、それぞれの陣営にビジネスとしての都合があるのもまた現実。特にそれが強かったのが、アルバレスが所属する陣営の「ゴールデン・ボーイ・プロモーション」だったようです。

2年を経て実現した“GGG”vs“カネロ”戦

まあ、しかし、それは内部の事情、2年を経て紆余曲折の末に2人は“ミドル級頂上決戦”のプライドを懸けて激突することになりました。

やっと実現したビッグマッチは、ときとして“もう少し前だったらなァ”との声に包まれ、最盛期を過ぎてから、などいうケースは結構、多くあるものですが、この対戦は、今が旬、とまでは行かないまでも、果たしてどうなのでしょうか。

ゴロフキンは、37戦全勝(33KO)でKO率89%、と文字通り、ハードパンチを誇る無敵の“絶対王者”です。チャンスに仕掛ける破壊力は、凄いものがありますね。

一方のアルバレスも、51戦49勝(34KO)1敗1分でKO率67%、の戦績の持ち主。ゴロフキンに負けないハードパンチャーですが、技術も高いものがあります。

決戦の行方は、果たして・・・ここであれこれ言うより、試合を観(み)たいですね。

試合の興味とともに、この2人の対戦が実現したことを機にミドル級戦線にあるいは変化がもたらされる可能性も出てきています。

ラスベガスで2人が対戦する9月16日(日本時間同17日)には、英国ロンドンでWBO世界ミドル級王者ビリー・ジョー・サンダース(英)が防衛戦を行います。サンダースは、ゴロフキンvsアルバレス戦の勝者との統一戦を希望しているとのことです。

また10月22日には、そうです、日本(東京・両国国技館)でWBA世界ミドル級タイトルマッチ、同級1位の村田諒太(帝拳)が王者アッサン・エンダム(フランス)にダイレクト・リマッチで挑みますね。

試合後のゴロフキン、アルバレス両選手の動向を含めて、何やら大きな動きを見せそうな世界のミドル級最前線-。

それを頭に置きながら、ゴロフキンvsアルバレスの激闘を観(み)ることも楽しみです。
プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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