驚異の追い上げ・・・快挙に一歩届かず

いやはや・・・その底力には、改めて驚かされました。

USPGAツアーの今季メジャー第2戦「全米オープン」(米ウィスコンシン州エリン=エリンヒルズ)最終日(6月18日=日本時間同日夜)の松山英樹(25=LEXUS)の大爆発です。

第3日を終えて通算6アンダーで首位に6打差の14位。松山は「第2日のゴルフ(ボギーなしの7バーディーで「65」をマーク)ができれば、まだまだチャンスはある」と最終日のビッグスコアに向けて気合の入ったコメントを口にしました。

あまり、こういうことは言わない人なのに・・・これは感触がいいのだろう、何かを起こしそうだな、と6月19日午前2時40分からのテレビ朝日の生中継に、寝ぼけ眼(まなこ)をこすりながら、かじりつきました。

日本時間午前3時37分スタート。1番の第1打が力強く飛んでフェアウエーセンターに落下したとき、テレビの画面からも、ショットの好調さがうかがえて、こちらの眠気を吹っ飛ばします。

いきなりバーディー。4、5番で連続バーディー。6番(パー3)で乗らず、寄らず、のボギーは惜しまれましたが、前半アウトを2アンダーとして通算スコアを8アンダーに伸ばしました。

勝負のサンデー・バックナインを迎えて、松山はゾーンに入っていきます。絶好調のティーショット。ピンに絡むアイアン・ショットの精度の高さ。さらに好調なパット。11、12、13番をバーディーで通算11アンダーとしたとき、首位との差は2打となっていました。

最終日のエリンヒルズは午前中、西の風7メートルが吹き、長く伸ばしたラフのフェスキュー芝が波打つ中、優勝戦線は(スコアが)伸びもせず、落ちもせず、の状況。15番(パー4)でボギーを叩いた松山は、迎えた上がり3ホール、16番(パー3)と18番(パー5)でバーディーを奪い、通算12アンダーでホールアウトします。

惜しまれる第3日の伸び悩み

この時点で首位に1打差の2位。この段階で13番(パー3)を終えて通算13アンダーでトップのブルックス・ケプカ(米国)が落ちてくれば・・・と快挙への期待を抱かせましたが、ケプカもさすがでしたね、直後の14番(パー5)から3連続バーディー奪取、通算16アンダーで逃げ切り、メジャー初優勝を飾りました。

こういう結果になると、やはり惜しまれるのが、松山の第3日の伸び悩み、一進一退の展開です。第2日の「65」を支えた好調のパットが影を潜め、大事な第3日に足踏みしてしまいます。

何ごともそうでしょうが、特にゴルフは、1日ごとにフィーリングが変わり、好調の波を維持し続けることが難しいゲームです。

ゆえにかつて、全盛時の中嶋常幸は、一晩でフィーリングが変わってしまうことを嫌がり、何千球も打つことによって、感覚を殺して体のマシーン化を目指したことがありました。

今のクラブではなく、パーシモンの時代ですから、そういう考え方も、アリ! だったのですね。

松山も第2日の好感触が、同じようなことをやっていても微妙に違う第3日の感触にイラ立ったことでしょう。

ゴルフに“たら・れば”は、もちろん禁句ですが、大会を中継するテレビ朝日の解説を務めた丸山茂樹プロは、松山がホールアウトした時点で「(優勝に)届かなければ、第3日のゴルフが原因でしょうね。もう少し伸ばせていれば・・・」と話していました。

優勝が手の届くところにあっただけに残念な結果でしたが、とはいえ、本当に海外メジャー初制覇に“あと一息”の大健闘でした。

松山の海外メジャー最高位は、これまで2016年「全米プロ」の4位タイでしたが、今回の2位タイは、それを上回る自己ベストとなりました。

「全米オープン」での2位というと、思い出されるのが1980年のジャック・ニクラウスと青木功の〈バルタスロルの死闘〉ですが、それと並ぶ日本勢最高位となりました。

それにしても・・・今回の松山の戦いを見ていて、つくづく思ったことは、日本人選手の海外メジャー制覇が、もう夢ではなく、松山によって、目の前にぶら下がり始めた、ということですね。

これは、もう本当に凄いことです。
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「全米オープン」に挑む松山への期待

そろそろ、ぼちぼち、また優勝争い! など派手な話題をまき散らしてもらいたい、といった気持ちですねェ。

6月15日(日本時間同日夜)に開幕する男子ゴルフの今季メジャー第2戦「全米オープン」(米ウィスコンシン州エリン=エリンヒルズ)に挑む松山英樹(25=LEXUS)です。

松山は、2016~17年シーズンの最大目標を〈メジャー制覇〉に置いてスタートしました。

まず2月の「フェニックス・オープン」(米アリゾナ州スコッツデール=TPCスコッツデール)で前年に続く連覇を達成(米ツアー通算4勝目)と幸先のいい出だし。優勝候補の一角を占めて挑んだ4月のメジャー初戦「マスターズ」(4月9日最終日、米ジョージア州オーガスタ=オーガスタ・ナショナルGC)では、最終日に猛追したものの、11位(通算1アンダー)に終わり、悔しさを残しています。

そして迎える「全米オープン」の舞台で“何かをやってのけたい”思いがあるのは、周り以上に本人が一番、強く思っていることではないでしょうか。

今年の「全米オープン」は、初開催となるウィスコンシン州のエリンヒルズで熱戦を展開させます。

大会の取材に当たっているスポニチ本紙の担当記者によると、コースは、氷河がつくり出した氷堆積地域に造成されており、とにかく地盤の固さが感じられる、さらに五大湖のひとつ「ミシガン湖」から離れた内陸に位置しながら、常に吹きつける強い風が特徴的だ、と伝えています。

初開催となるエリンヒルズでの激闘

さらに主催のUSGA(全米ゴルフ協会)ならではのやっかいな仕様は、やはり“深いラフ”でしょう。

フェアウエーの両サイドなどに伸ばされた洋芝の「フェスキュー」は、長いところでひざ丈、約80センチもあるそうで、曲げて入れればペナルティーの1打罰(出すだけ)を覚悟しなければならない厳しいセッティングとなっているようです。

距離も全長7000ヤード超えで、飛ばさなくてはならないことは、日本人選手にとって、風にも影響されて手ごわいものとなりそうです。

こうした難しいセッティングでの戦いになる中、世界ランク4位の松山は、全米オープンの公式サイトによる優勝候補ランキングで「11位」とされました。

このところ低迷気味の松山は、直前に出場した「メモリアル・トーナメント」(6月4日最終日、米オハイオ州=ミュアフィールド・ビレッジGC)でも45位に終わり、もうひとつ、元気がない様子です。

それでも、松山の精度の高いドライバーショットは「出色!」と評価されての「11位」となったようです。

松山の「全米オープン」戦績は、2013年10位、14年35位、15年18位、16年予選落ち、ともうひとつです。

オークモントCC(米ペンシルベニア州)での昨年大会を制したのは、ダスティン・ジョンソン(米国)でした。自滅で惜敗した2015年大会の悔しさを晴らしたメジャー初優勝。ジョンソンは、今年の「マスターズ」で優勝候補に挙げられながら、棄権を余儀なくされており、このメジャー第2戦に懸ける思いには強いものがあるでしょう。

松山も、それにあやかってもらいたいですね。

追い込み型の松山ですが、今回、カギを握るのは、初日に出遅れず、前半の2日間で離されないことだと思います。

なお、日本勢は、他に谷原秀人、池田勇太、宮里優作ら5人が出場します。

藍ちゃん“らしい”惜別ラウンド

涙、涙、また涙・・・その一打一打に一生懸命さが伝わる感動的な“惜別ラウンド”でしたね。

JLPGAツアー「サントリー・レディース」(6月11日最終日、兵庫県神戸市=六甲国際GC)最終日の宮里藍(31=サントリー)です。

最終日の観衆(ギャラリー)は、主催者発表9132人となりました。

初日6735人、第2日9405人、第3日9478人。4日間を通して3万4750人のギャラリーを動員する“藍ちゃんフィーバー”-。大会を中継するテレビの画面からも、その熱気が伝わってきます。

そんな中、優勝争いとかトップ10入りとかの華々しさはなくても、今、やれることを精いっぱい、やっている姿に“らしさ”があり、見守るファンは、藍ちゃん、感動をありがとう! と惜しみのない拍手を送っていました。

第2日(6月9日)の宮里はピンチに見舞われていました。

大詰めの16番(パー3)でボギーを叩き通算1オーバー。カットラインはイーブンあたりが予想され、このままでは予選落ちとなってしまう危機に、17番(パー5)でピン右3メートルのやっかいなバーディーパットを沈め、イーブンに戻しました。

カットラインは最終的に1オーバーとなり、結果として1打の貯金でしたが、決めなくてはならない、ここ一番に対する集中力に改めて、宮里のメンタルの強さを感じ、それはまた、自分を支えてくれるファンたちの、ああ、よかった、あと2日間、藍ちゃんを観られる、という喜びにつながっていることを、宮里という選手はよく知っているのだ、と思い、観ているこちらも思わず、目が潤んできてしまいました。

最終日にも、それは見られます。第3日を終えて通算1アンダーの33位。最終日は首位に13打差のスタートとなりました。

4日間計3万人超えの観客動員

宮里がインタビューに答えます。

少しでも結果を出して大会を盛り上げたいですね。欲を言うならトップ10で終わりたい

結果は5バーディー、4ボギーの71で回り、通算2アンダーで26位となりました。

しかし、大勢のギャラリーが取り囲んだ最終18番(パー4)で宮里は、グリーンからちょっとこぼれた約5メートルのアプローチをパターできっちりと沈めパーをセーブ。見守った観客も、まるで自分が決めたかのような笑顔と拍手で藍ちゃんを称えます。

2006年から主戦場を米国に移して12年。身長1メートル55の小柄な体格で海外勢のパワーと戦えてきた原動力は、この小技のうまさだにあり、それを裏付けた18番の1打。いかにも藍ちゃん“らしい”終わり方だったなァ、と思いました。

宮里の今後の予定は、米国転戦へと移行します。

まず6月23日(現地時間)開幕の「アーカンソー選手権」に出場。海外メジャーは「全米女子プロ選手権」(6月29日開幕=米イリノイ州)「全米女子オープン」(7月13日開幕=米ニュージャージー州)「全英リコー女子オープン」(8月3日開幕=英スコットランド)さらに「エビアン・マスターズ」(9月14日開幕=フランス)とたっぷり4試合が残っており、宮里はこの舞台で思い切り戦いたい意向でいます。

自身のゴルフの絶頂期にメジャーで勝てず、モチベーションの維持が難しくなったことを“今季限りでの現役引退”とした宮里でしたが、この引退ロードでメジャーに勝つことができたら“引退撤回”ということにでもなるのでしょうか。

まあ、すぐ、そういうことを考えてしまうのが、新聞記者の悪い習性です。

宮里が最後の気力を振り絞って懸命に戦う姿を黙って見守り、それが区切りの米国通算10勝目に結びつけば、悲願のメジャー優勝に結びつけば、よかったね、おめでとう! と言えばいいだけのことですね。

それが今回、宮里が下した大きな決断に対する礼儀というものでしょう。

宮里藍の突然の引退に思うこと

最初にお礼です。

5月26日付の「ウォーキングについてのあれこれ」に関して仙台在住の方から「自宅でのフィットネスバイクも継続性があり流行っているようです!」とのアドバイスをいただきました。

ありがとうございます。

さて・・・思いもしなかった衝撃的なニュースがもたらされましたね。女子プロゴルファー・宮里藍(31=サントリー)の、今季限りで引退! という電撃的な表明です。

5月26日午後、所属するマネジメント会社が、その旨だけをマスコミ各社に伝え、理由など詳細は、5月29日に開く会見で本人が話す、ということでした。

1985年(昭60)6月19日生まれ。競技年齢が長いゴルフにあって、31歳はまだ早過ぎるだろう、という声が、私の周辺にも渦巻きました。が、詳細が分からない現段階では、残念だが、彼女は自分にそういう一つの決断を下したのだろう、と受け止めるしかありません。

兄2人とともに宮里3兄妹がプロゴルファーとして世に送り出されたとき、スポニチ本紙の“宮里流ゴルフ”に関する大型企画に私も携わっており、しばしば、沖縄・名護市の「大北ゴルフ練習場」(沖縄・名護市大北)に父親・優さん(71)を訪ね、いろいろと話を聞く機会を得ていました。

仕事の話を終えた後の雑談で優さんは「プロであれば、技術的なものは皆、だいたい横一線だと思いますよ。差がつくとしたら、それは“頭”でしょうね」

“頭”とは、つまり、考え方であり、コース攻略の工夫であり、マネジメントのうまさ、といったところを意味するものでしょう。

2006年から主戦場を米国に移した宮里は、体格の差、それにともなう飛距離の差、などに悩み、試行錯誤の末に飛ばすためのスイング改造が裏目に出て大スランプに陥りました。

が、2009年7月の「エビアン・マスターズ」で初優勝し、長かったトンネルを脱出。翌2010年は、一気に開花、年間5勝を挙げて世界ランク1位に立つなど大活躍を演じています。

その原動力は、やはり、工夫であり、考え方であり、飛距離の差をカバーするためのショートゲームのうまさであり、また苦闘にあって養われたメンタルの強さであり、宮里の復活劇を見ていると、人生何ごともマイナスなどないのだ、と勇気づけられたものでした。

最大の功績は後進への刺激

宮里が背負った最も大きな役割は、日本女子プロゴルフ界の復興、だったと思います。

宮城・東北高3年時の2003年、JLPGAツアー「ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープン」で優勝したことにより、同年秋に女子高生のままプロ転向。本格参戦となった翌2004年に年間5勝を挙げ、5年連続賞金女王の座を狙っていた“絶対女王”の不動裕理と競り合い、最後までもつれる賞金女王争いを展開させました。

宮里の出現は、下降線を描いていた国内女子プロゴルフ界を一気に上向かせ、そうした人気の背景には、宮里のゴルフのうまさだけではなく、女子ゴルファーってカッコいい! と憧れを持たせる要素がありました。

再び、父親・優さんのこだわり-。

「将来、ゴルフの何かの大会で優勝してスピーチしたり、テレビのインタビューに答えたりするとき、歯が虫歯だらけだったりしたら、アスリートとしておかしいでしょ」

父親は3兄妹に幼年時から、その日を見据えて、しっかりとした歯磨きの習慣、また牛乳を飲む習慣、を義務付けました。次男坊の優作などは、小学校6年時に「虫歯なし」の表彰状を与えられています。

そうした清々しさがあり、さらにこれまで、多くがポロシャツ姿だった女子プロゴルファーのウエアにひと工夫をもたらしたのも宮里でした。

優さんが言います。

「ウエアは大事ですから、とことん検討しましたよ。やはり、アスリート的なもの、知的で健康的で清潔なもの、が第一だと思います」

宮里の凛々しい姿に憧れ、私も藍ちゃんのようになりたい、と親が用意したクラブに手を伸ばし始めたのが、1998年(平10)年前後に誕生した世代です。この面々は、4~5歳で宮里のプロ転向後の活躍に触れ、ゴルフを開始しています。

ざっと名前を挙げると、勝みなみ、橋本千里、澤田知佳、新垣比菜、畑岡奈紗、長野未祈・・・らがいます。いずれも次世代の“ポスト宮里”候補ですね。

宮里の周辺には、尊敬するアニカ・ソレンスタム(スウェーデン)や親しい友のロレーナ・オチョア(メキシコ)がいました。彼女たちは、それぞれの理由により、惜しまれながら引退に踏み切っています。

あるいは、そうした潔い身の引き方に共鳴するものがあるのか、あるいは宮里藍の美学によるものなのか?

注目される5月29日-。

宮里の口から何が語られるのか、じっくりと聞いてみたいですね。

日没6分前に決着した壮絶勝負

いや~凄い試合でしたね。

楽勝と思われた展開が一転、大詰めでつばぜり合いとなり、プレーオフにもつれ込んだ末に延々6ホール目での決着! という大死闘になりました。

USLPGAツアー「テキサス・シュートアウト」(4月30日=日本時間5月1日=最終日、米テキサス州アービング・ラスコリナスCC)での野村敏京(24=フリー)とクリスティ・カー(39=米国)の優勝争いです。
(試合はWOWOWライブが5月1日午前4時から生中継)

第2日に首位に立った野村は、第3日を終えて後続に2打差をつける通算8アンダーで首位の座をキープ。最終日も、前半アウトを終えた段階で、追随を許さずに5打差をつけ、楽勝の展開に持ち込んでいました。

が・・・ゴルフは怖いですね。本当に何が起きるか分からないものです。強風の影響があったと思いますが、10番、11番を連続ボギーとしてリズムを崩します。さらに14番でもボギーを叩き、スコアを通算5アンダーに落としてしまいました。

一方、ひと組前を回るカーは、前半アウトで5ボギー(2バーディー)を叩き、一時はあきらめの心境だったと思われましたが、野村が崩れたことで息を吹き返し、15番を終えて野村に3打差とジワリ、迫ってきました。

そして上がり3ホール、大詰めの勝負-。

野村が魅せたド根性の戦い

16番(パー4)をボギーとした野村にカーは2打差と肉薄し、難易度の高い17番(パー3)で、カーがバーディーを奪ったのに対し、野村は第1打グリーンオーバーから痛恨のダブルボギーを叩いてしまい、ついに逆転されてしまいます。

「が」・・・また「が」となるところが、この勝負の凄さです。最終18番(パー5)で野村は3オンの後、約2メートルのバーディーパットを沈め、しぶとくカーに追いつき、プレーオフに持ち込んだのです。

まさに観(み)ているほうもシビれた、絶体絶命のピンチからの値千金のバーディー奪取となりました。

サドンレスのプレーオフは、18番で繰り返し、争われました。

1ホール目、2ホール目・・・5ホール目。ともに譲らず、展開は持久戦となり、風はやまず、次第に寒さも増す中で“根比べ”の様相を呈してきます。

6ホール目を迎えた段階で、ともに本戦をスタートしてから7時間を超える戦いです。現地の情報では、日没6分前、このホールで決着がつかなければサスペンデッド、翌日にやり直しとなるところでした。

野村という選手は、勝負強いですね。本戦の18番で追いついた勝負強さを、ここでも発揮しました。

第1打をフェアウエーセンターに運んだ後、3Wの第2打が素晴らしい1打となり2オン、2メートル半のイーグルパットは外しましたが、バーディーを奪って決着をつけました。

最後は野村の24歳の勢いが、最後は疲れ果てた感じとなった39歳のカーを突き離した形となりました。

昨年4月の「スウィンギングスカート・クラシック」(米カリフォルニア州デーリーシティー=レークマセドGC)以来となる今季初勝利、ツアー通算3勝目。

野村が「風が強くてコースはタフだった。長~い1日でした」と振り返った優勝は、ここ一番で最高のショットが打てたこと、ベテランのカーに競り勝ったこと、などを含めて今後の飛躍に結びつくことでしょう。
プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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