“イチ たす イチ”は「に~」の笑顔

自宅から歩いて約10分ほどで「江の島」(神奈川県藤沢市)を中心とする片瀬海岸に出ます。

乾いた風が吹き、梅雨どきとは思えない心地よい気候となった6月の某日-。

午後からウォーキングに出かけると、愛称「エノスイ」(新江ノ島水族館)前の片瀬海岸西浜には、遠足で訪れたのでしょうか、大勢の小学生たちがにぎやかに砂浜を走り回っていました。

やがて“集合!”の声が掛かり、ワイワイ・ガヤガヤと集まった小学生たちは、江の島を背景に記念撮影タイムとなりました。

カメラマンが「ハイハイ、行くよ。“イチ たす イチ”は~?」の掛け声に小学生たちは大きな声で「に~」と応じ、カシャッ! とシャッターが切られました。

歩いていた私は、この光景と集合写真を撮る際の掛け声に思わず、笑ってしまい、ヘエ、今は「ハイ チーズ」じゃないんだなァ、と感心しながら、皆、楽しげな笑顔の、いい記念写真が撮れたことだろうな、と心の中で拍手をしてしまいました。

帰宅した後、写真撮影時の掛け声が気になり、近くに住む、保育関係の仕事で日々、忙しくしている娘と連絡を取り、子供たちを相手に今ふうの掛け声ってどんなのがあるの? と聞いてみました。

娘が言いました。

〈今ふうって、特にないけど“イチ たす イチ”は、別に新しいわけではなく、昔からある鉄板ヨ。ただし、足し算を覚える年齢ね。それ以下のチビちゃんたちは、やっぱり、ハイ チーズ が一般的かなァ〉

私は、初めて聞いた“イチ たす イチ”に新鮮さを感じてしまいましたが、フ~ン、そう、以前からある掛け声だったのですね。

様々に変化する写真撮影時の掛け声

では、と娘の子供たち(私の孫たちですが・・・)にも聞いてみました。

今春に高校に進学したばかりの上の女の子は、配属されたクラスが「1年D組」だったことで、クラスメートと写真を撮るときは「たいてい“ワン・ディー”ね」と教えてくれました。

やはり今春、中学に進学した下の男の子のほうは、目下、バドミントンの選手を目指して頑張る日々を送っていますが、この年代の男の子は、笑顔の写真などダサいそうで、バドミントン仲間と写真を撮るときは“バッドー”で口をとがらせたヘン顔をつくるのだそうです。

いかにも、この年代の男の子らしいですね。テレかな?

ヘンなヤツだな~とも思いますが、まあ、しかし、私たちの思春期を振り返ってみても、写真撮影でニコやかな笑顔などを見せるヤツなどはいなかったですねェ。たいてい皆、胸の前で腕を組んで斜めに構え、顔はできるだけ強面(こわもて)に、硬派に、写るように眉間にシワを寄せたものでしたっけ・・・。

こっちのほうが、ヘンですか?

ところで定番の“ハイ チーズ”が日本で一般化したのは、1963年(昭38)にテレビで放映された〈雪印乳業のチーズのCM〉がキッカケになった、と言われています。

資料には、日本人の女性モデルが笑顔をつくれないでいると、カメラマンが「チーズって言ってごらん」といい、その結果、いい笑顔がつくれたことで〈あなたもチーズと言いましょう。チーズは笑顔をつくります〉のキャッチフレーズとなった、とありました。

ちなみにこの年、1963年は、フジテレビが元日から手塚治虫作の初の国産連続テレビアニメ「鉄腕アトム」をスタートさせており、高視聴率を記録するなどテレビの影響力が高まっており、CM製作にも力が入っていたのでしょうね。

面白いですね。「チーズ」の「チー」あるいは「イチ たす イチ」の「にー」など、最後に「イー」と伸ばす音が来ることで〈口角が上がり〉笑顔が生まれます。

最近は「飲みに行こう」「ウィスキー」「ビー(ル)」や「何食べる?」「キムチー」あるいは「どこに行く?」「ディズニーシー」などもあるそうで、これからもどんどん増えていきそうですね。

そして・・・いい笑顔が撮れれば、最高! でしょう。
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難航する受動喫煙防止対策に思う

手元に古ぼけた1箱のタバコ「ケント・マイルド」があります。

もうゆがんでいるパッケージに〈2010/9/22〉の数字-。

私がタバコをやめた年月日が書き込まれています。箱の中に残された8本のタバコ・・・。ああ、懐かしい。

オイオイ、そんなの大事に取っておくなよ! ですが、相当なヘビー級の愛煙家だった私にしてみれば、まあ、ひとつのつまらない、忘れがたき記念日といったところでしょうか。

ウ~ム、そうか。もう、煙草をやめて6年8カ月にもなるのか・・・と。

「何で煙草を吸い始めたの?」と聞かれたとき、私は「そりゃ、裕ちゃんだよ」という言葉が即座に出てきます。

石原裕次郎が1956年(昭31)、日活が映画化した兄・慎太郎の芥川賞受賞作品「太陽の季節」でデビュー。続く初の主演作「狂った果実」(昭31)や「嵐を呼ぶ男」(昭32)などが次々に上映されるに当たり、ちょうどその頃、思春期に差しかかっていた私は、いいねェ、という友人たちと、そろって裕ちゃんのくわえ煙草のカッコ良さにシビれまくったものでした。

オヤジのピー缶から2~3本を失敬して近くの川っ淵まで走り、夜の土手で思い切り吸ったら、クラクラと目が回り、しゃがみ込んでしまい・・・がそもそもの始まりでした。

家に帰ったら母親に、タバコなんて吸うんじゃないの! とキツ~く叱られ、なぜ分かったのかは、唇の端に白い紙がこびりついていたからでした。ピースにような両切りタイプのタバコは、つまり、裕ちゃんのようにカッコ良くはくわえられなtかった、ということですね。

まあ、思春期の少年が“太陽族”を気取った背伸びの一時期だったとしても、それからは、特に社会人になってからは、タバコが原稿書きや書き終えた後に欠かせない親友となってしまうのですから、始まりは怖いものですね。多いとき、1日3箱、60本。

“罪つくりの人”だった裕ちゃん?

カッコ良さで始まった喫煙ですが、ときを経てタバコを吸わない世代が増え、彼らは、タバコなんてカッコ悪い! と言い切ります。そうしたことを背景に次第に喫煙の制限が開始され、くわえタバコには欠かせない街中での歩きタバコができなくなり、喫煙はしかるべき場所で、その場所も徐々に減らされ、愛煙家には肩身の狭い社会になっていきました。

そして・・・ここへきて厚生労働省は、世界から人々が集まる2020年東京五輪・バラリンピック開催を視野に入れ、厳しい受動喫煙防止対策を打ち出しました。

飲食店では原則、建物内では喫煙室以外の喫煙を全面禁止する、違反者には罰金を、とするものです。

当然、喫茶店やスナックなどの小規模店からは、喫煙室を設けるスペースがないことや、だいたい小規模店は愛煙家たちに支えられているということで業界の死活問題にもなる、と反発する声が上がり、それでは・・・と例外を設けるにしても、ではその線引きをどこにするか? など難問山積状態でなかなかまとまりません。

このテの問題について常々、思うことは、個人の嗜好であり、そうである以上、個人がマナーを身につけることこそを最優先すべき問題に行政が法規制を設けること自体に難があるのでは? と思います。

私が住む神奈川県では、松沢成文・前神奈川県知事が、全国に先駆けて2010年4月から受動喫煙防止条例を施行しました。同年夏には、県内の海水浴場では、喫煙場所以外でタバコを吸えなくしています。

喫煙にしても、あるいは昨今、問題化されている歩きスマホによる事故の増加にしても、人は規制がなくては公共的ルールが守れないのだろうか、それでは人として寂しすぎるのでは? ということが常に頭の中にあります。

これからも、これといった解決策がないまま、受動喫煙防止問題は延々続くものと思います。個人の嗜好、個人の公共マナーの分野に条例による規制が入ることの難しさでしょうね。

これも時代の流れ、時代の要請、なのでしょう。

裕ちゃんの時代は、確かに良かったと思いますが、今になって思えば、あるいは・・・裕ちゃんは、タバコをやめられずに今の社会に生きる人たちにとって“罪つくりの人”だったかもしれませんね。

「巣立ちの季節」に思うこと

巣立ちの季節です-。

〈巣立ち〉=「ヒナ鳥が成長して巣を離れること。転じて、子が親の養護を離れて独立し、または学業を終えて実社会に出ること」(広辞苑)

このところ、私の近い周辺にも、高校に入学して通学のための自転車を購入したんだよ、とか、新社会人として、あれやこれや、準備に忙しかったり、とかいう人たちが多くいて、ニッポンの春、一瞬の桜の季節は、何かと慌ただしく、それでいて希望や新しい夢に満ちあふれているようです。

厚生労働省と文部科学省が、このほど公表した2017年3月卒業予定の大学生の就職内定率は、2月1日時点で前年同期比2・8ポイント増の「90・6%」とのことでした。

これまでの最高は、1998年3月卒の「84・4%」だったそうですから、結構な数字ですね。かつてあった就職氷河期にぶつかった学生たちの苦闘を思い起こすと、昨今の“売り手市場”には、世の中の景気回復、労働環境の改善による人手不足を感じます。

もっとも、本当に景気が回復しているのか? とその実感はありませんが・・・。

それはともかく、89万人と見積もられている希望に満ちた新社会人、若手戦力の加入で企業は、攻撃に出るのか、あるいは守備を強化するのか、難しい時代に入ったのではないでしょうか。

企業の長時間労働が問題化され、それを解消するには、どうしても人手がいるでしょうし、安倍政権も“働き方改革”を推進するなど、日本の企業がこれまで実施してきた労働環境の在り方が、改めて問われるときに入ったのかな? という気がします。

TVドラマ「事件記者」に憧れた時代

突然! ですが、かつてNHKが放送していた連続テレビドラマ「事件記者」を覚えている方は今、どれだけいるでしょうか。

1958年(昭33)から1966年(同41)まで8年間にわたり、週1回、計339回放送され、視聴率も40%超を連発する、当時の大人気番組でした。その第1回が放送されたのが、奇しくも今日「4月3日」でした。

放送がスタートした当時、私は14歳の中学生でした。テレビの本放送は1953年(昭28)に開始され、そのころ、家にテレビがなかった私たち、小学生のグループは、週末になると近所のお医者さんの家に集まり、テレビを見せてもらうのが習慣となっていました。お目当てはもっぱら、力道山が大活躍していたプロレスでした。

「事件記者」も初期の頃、このお医者さんの家のテレビで見せてもらっていたと思います。そのうち、私の家にもテレビが入り、このドラマに夢中になりました。

警視庁に詰める社会部の新聞記者たちが、夜討ち朝駆けの激しい取材合戦を繰り広げ、ひと息つく場の居酒屋「ひさご」がまた、いい雰囲気を漂わせています。

また、キャップ、ベーさん、ヤマちゃん、など、名前の呼び方にも、苦楽をともにする記者仲間との連帯意識が感じられ、このドラマに熱中して新聞記者になりたいと思った方々は多かったのではないかと思います。

中学生の私も、このとき、あるいは気持ちの片隅にそんな熱いものが宿ったかもしれません。

ドラマの中の事件記者たちは、空いた時間はたいてい、ネクタイを緩めて記者クラブの長椅子に寝転がって休息をとっており、まあ、それがドラマの中であるとはいえ、今のように休日はしっかり休んで家族とともに過ごし、男も妻のために産休が取れるようになった、恵まれた社会人生活を送ってはいません。

そして・・・私も現役の頃は、休日など度外視の、長時間労働を当たり前と思って過ごしてきた年代の一人です。

そんなことは誇りにもなりませんが、よりよく整えられた労働環境の中で理にかなって仕事をする一方、しかし、あるときはそれにかなわない事態が起きることもあり、そのときはともに汗を流さなければならないことを、若い人たちには知っていてほしいですね。

“プレ金”の定着度は?

友人たちとの集まりがあり、3月31日午後、東京に出向きました。

待ち合わせの場所は、同日午後4時30分、新宿駅西口地下の交番前です。

先に到着した友人が言いました。

〈今日は、さすがに混んでいるね。でも、この中のどれだけの人が楽しんでいるんだろうねェ〉

ああ、そうか! そう言えばこの日、3月31日は〈月末の金曜日〉でした。第1回となった2月24日に続く第2回となる「プレミアムフライデー(プレ金)」でしたね。

プレ金は、個人消費を喚起するため、毎月、月末の金曜日に仕事を早め(午後3時)に切り上げ、食事や買い物など様々な楽しみ方をしてもらおうと、経済産業省や経団連が中心になって実施にこぎつけたキャンペーンです。

考案側は、米国のクリスマス商戦に向けた「ブラックフライデー(黒字の金曜日)」を参考にしており、初回の2月24日は、早帰りを実施できたところは、解放感もあってにぎわいも見せていましたが、今回の第2回は、月末の最終日、それに年度末も重なって忙しい日となり、友人が指摘したように「どれだけの人が・・・」となったようです。

“誰のためのもの?”の疑問

こうしたことが実施されたとき、必ず起きるのが“不公平感”ですね。

プレ金実施に際して、安倍政権の目論みには〈働き方改革〉がありました。しかし、第1回のとき、新聞報道では、楽しむ大企業と“とてもムリ”と楽しめない中小・零細企業の差が浮き彫りになったことが伝えられ、課題を残しました。

友人が言いました。

〈簡単に考えたって、午後3時以降、遊ぶ連中がいれば、それに対応して働く人たちがいるわけだろ。これ、どう働き方の改革をすればいいのよ〉

今回、安倍首相は、別荘がある山梨県鳴沢村に向かい、記者団に「ゆっくり自然の中で楽しみたい」と話したそうですが、それを取材している(働いている)記者団に対しては、どんな感想を抱いたことでしょうか。

実際、私たち記者は、それが仕事なのだから・・・とはいえ、イベントが多い年末・年始や5月のGW期間中など、人さまが休暇を楽しんでいるときほど、仕事に追われる、という日々を送ってきました。

それは記者たちだけではなく、タクシーの運転手さんも、交通機関に従事する方々も、また警察官も、休めない仕事を持つ人たちにとっては同じことでしょう。

長い記者生活の中で、私がそうした環境を不公平と思ったことはありませんが、今回のプレ金の実施にしても、休日をくっつけて連休を増やそう、などというアイデアもありましたが、それが悪いとは言いませんが、誰のためのもの? という疑問は残ります。

プレ金という制度が今後、定着していくのか、あるいは、尻すぼみになってしまうのか、第2回を終えた段階では、今回が低調だったことで〈1勝1敗〉といったところでしょうか。

振り込め詐欺の電話に出て・・・

私が住む藤沢市(神奈川県)の「消費生活センター」では、市民が消費者トラブルに巻き込まれることがないように注意を促す情報紙を定期的に配布しています。

最近多いパソコンのワンクリック詐欺などのトラブル、あるいは公的機関からの還付金をエサにした還付金詐欺など、さまざまな詐欺事件にあって、見逃せないのが、一向に減少しない〈振り込め詐欺〉ですね。

増加する一方とのデータに接するたびに、なぜ? と思い、どうして簡単に騙(だま)されて多額の金を振り込んでしまうのだろう、などと常々、思っていましたが、何と私のところにも、離れて住んでいる息子の金銭的窮地を装った振り込め詐欺の電話がかかってきたのです。

そのやりとりを再現してみましょう。

3月28日夜-。

午後9時ごろだったでしょうか。自宅の固定電話が鳴り、電話に出ると受話器の向こうから、男のこんな声が聞こえてきました。

振り込め詐欺「あ、○○(息子の名前)だけど・・・」

“オレオレ”ではなく、ちゃんと息子の名前を名乗ったところに、こちらを安心させる要素がありましたが、声の質が違い、話すトーンも全体的に沈んでいて暗く、いつもの息子とはちょっと違うものを感じます。

私「○○か? どうしたんだ。声が全然違うな」

振り込め詐欺「ウン、ちょっと風邪引いちゃってね。熱もあるんだよ。明日だけど家にいる?」

私「明日? 午後1時くらいには帰っているよ」

そのときのやりとりは、これで終わりました。声の違いもそれほど疑問視せず、私の受け止め方も、ああ、息子が帰ってきて一晩、泊まっていくのだな、程度のものでした。

そして・・・翌日3月29日午後1時過ぎ-。

午前中に用事を済ませ、その時間に家に戻っていた私は、再びかかってきた、息子と名乗る昨夜の男と話しました。

振り込め詐欺「実は今、金策で駆け回っているんだ。銀行とかにお願いに行ったけど全部ダメで困っている。どこか今すぐに金を貸してくれるところがあったら教えてほしいんだけど・・・」

私「そんなところ、あるわけない」

息子の金銭的窮地を装う手口

事情を聞くと、会社の金を使い込み、株で埋めようとしたが、失敗して穴をあけてしまったのだ、という。で、今、会計監査が入り、発覚すれば横領罪に問われて大変なことになる。何とかならないだろうか、ということでした。

そして、穴をあけた金額は700万円。とりあえず緊急に400万円、ムリなら200万円、出してもらえないだろうか、と言ってきました。

この段階で私の頭の中は、息子が果たしてこんな金銭トラブルを起こしたのだろうか? という疑問と、一方、本当に窮地に陥っているのなら、何とかしてやらなくてはならないだろうな、という親心が交錯しています。

ちなみに親心に関して言えば、私は、絶対に変な金融には手を出すなよ、とも言っています。

これには向こうも“あと一息”と思ったかもしれません。

しかし、よくよく考えてみれば、金策に走り回って電話をしている割には、受話器の向こうから外の騒音が聞こえず、静かな家の中から電話しているようにも感じられるし、男の声のトーンは暗いものの、淡々とし過ぎていて、息子だったらこうなるのではないか、と思う、窮地に陥ったときの切迫感が感じられません。

・・・で、私「電話じゃ分からない。とにかく帰ってきて状況を話せよ。(金を)出す出さないは、その後に考えるから」

これに対し相手はこう答えました。

振り込め詐欺「時間がないよ。会って状況を話せば(金を)出してくれるなら、先に出してくれよ。その後に帰って状況を話すから・・・」

とにかく、急がせる、考える時間与えずに畳み込む、パニック状態に追い込む、というのが、金をむしり取る側の手口と言います。

従ってここで私は、ある程度、おかしいな、の確信を得ます。

私「お前、○○じゃないな。声が全然違う。これは振り込め詐欺だろう」

振り込め詐欺「だから風引いたっていっただろ。振り込め詐欺なんかじゃない。いいよ。これから警察に出頭するから」

といって電話が切れました。

念のために息子の携帯電話に連絡すると、風など引いていない、いつもの元気な声が聞こえてきました。事情を話すと「金銭トラブルなどないよ。オヤジ、気をつけろよ。今はそういう時代なんだよ」と大笑いしています。

まあ、こちらとしては、笑ってなどいられない事態でしたが、こうした出来事に遭遇した場合、一般的に高齢者や特に高齢の女性など、頭が真っ白になってしまって思わず、となってしまいがちでしょうが、冷静に対応していると必ず、どこかおかしいな、というところが出てくるものです。

口先三寸で大金を巻き上げられてしまった、など腹立たしい思いをしないよう、やはり、自衛のノウハウを身につけておくことは必要ですね。

息子の言葉ではありませんが、こうこいうことが平気で行われる時代になってしまったのでしょうね。
プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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