最強の追及・・・無差別の魅力

今年の「全日本柔道選手権大会」は、例年通り、4月29日に東京・日本武道館で開催されますが、数ある柔道の大会の中でも、この大会は、体重や年齢などすべて〈無差別〉で行われることで見応えがありますね。

女子の「皇后盃全日本柔道選手権大会」は、男子に先駆けて4月16日、神奈川・横浜文化体育館で開催され、決勝戦は朝比奈沙羅(20=東海大)vs田知本愛(28=ALSOK)の重量級対決となり、若い朝比奈が優勢勝ちで初優勝を飾りました。

大会を中継したNHK総合テレビの解説を務めた2011年大会優勝の杉本美香(32)さんは「予選から勝ち上がって優勝にこぎつける。階級に関係ない無差別の大会に勝つことは、特別のものがありますね」と話していました。

〈柔よく剛を制す〉という言葉があります。「温柔な者がかえって剛強な者に勝つことが出来る」(広辞苑)という意味ですね。

範囲を広げれば、体が小さい者が大きい者に勝つ、ことにもたとえられます。

この表現は、いかにも“武道的”で以前、むさぼるように読みふけった富田常雄著の柔道小説「柔」の中でも、体が小さく非力な主人公の矢野浩(後に正五郎)が、大男を〈理と力の法則〉で投げ飛ばす術の妙が描かれています。

読み手の心を躍らせる〈無差別の戦い〉こそ、格闘技の原点なのでしょう。

柔道やレスリング、ボクシングなど格闘技各分野で実施されている階級制は、競技として成り立たせるために導入されています。

競技性重視で薄まる戦いの本質

例えば、米総合格闘技リング「UFC」は、1993年11月12日、コロラド州デンバーで第1回大会が開催されたとき、トーナメント(出場8選手)は、階級制なしの無差別で行われています。体重的にはミドル級クラスのホイス・グレイシー(ブラジル)が、グレイシー柔術の技を駆使した戦いで重量級戦士を下して優勝したことに面白さはあったものの、全体的に試合の内容は「ケンカだった」とも言われています。

もちろん、まだ「バーリ・トゥードって何だ?」という時代です。

この「UFC」は、1997年の大会から階級制を取り入れ、現在の運営会社「ズッファ社」(ダナ・ホワイト社長)は、興行性から競技性への移行に徹して継続に成功しています。

日本で1997年10月11日に“平成の格闘王”高田延彦(当時キングダム)とグレイシー柔術のヒクソン・グレイシー(ブラジル)が戦うことになり、そのためのリング「PRIDE-1」が立ち上げられたとき、国内では、一部のコアなファンは別にして、一般的にはまだ「バーリ・トゥード(スペイン語で“何でもあり”)」とか「アルティメット(究極=反則技を最小限にとどめた格闘技)」などという言葉は浸透していませんでした。

しかし「UFC」が、グレイシー柔術の企画・主催でスタートしたバーリ・トゥード・ルールによるアルティメット大会であることを考えれば、その戦いのルーツは、柔術や柔道にあるのではないか、との見方もありました。

柔道やレスリングが今、五輪や世界選手権を視野に入れた競技性重視のため、ルールにがんじがらめになる中、無差別戦は唯一、残されたロマンなのかもしれません。

そう言えばプロボクシング界でも、マニー・パッキャオ(フィリピン)が階級を超えた戦いに挑んで6階級制覇を達成したり、公認団体が増えて王者が増える中、階級を超えて誰が一番強いのかを問う「パウント・フォー・パウンド」ランクが注目されたりするようになっています。

競技性やスポーツ性は大事、欠かすことはできませんが、やはり、格闘技の原点は、無差別の戦い、にあるのでしょうね。

競技者には、その心を忘れてほしくないですね。
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「出る以上は」と新横綱の矜持

“武士は相見互い”とはいえ、土俵上の勝負、手を抜くわけにはいきません。

大相撲春場所の熱戦-。

13日目(3月24日)に先輩横綱の日馬富士(伊勢ケ浜)が、持ち前の速攻勝負で新横綱の稀勢の里(田子ノ浦)を寄り倒し、初黒星を喫した稀勢の里は、土俵下に倒れた際、左肩周辺を痛めました。

休場も心配された中、左肩から同上腕部にかけて痛々しくテーピングした稀勢の里は、14日目(3月25日)の土俵に上がり、強行出場の甲斐なく何もできず、横綱・鶴竜(井筒)に寄り切られ2連敗となりました。

「稀勢の里、大丈夫かな?」と気にかけながらも「勝負事なんでね」と13日目の日馬富士。「(稀勢の里は)力が抜けていた。こんなやりづらいものはないですね」と14日目の鶴竜。抵抗のない手負いの新横綱を寄り切った際、再び土俵下に転落しないよう、手を差し伸べて支えてやることが、鶴竜の精いっぱいの“武士の情け”だったかもしれません。

大相撲の取材に当たっているスポニチ本紙の担当記者は、負傷の個所や負傷の度合いは、一切公表されていないが、稀勢の里らしくない内容が、負傷の深刻さを示している、と報じていました。

13日目の日馬富士戦で左肩周辺を痛めたとき、稀勢の里の痛がりようには、ただならぬものが感じられました。

激痛を超える精神力の強さ

14日目の強行出場は、一夜明けても残る相当な痛みをこらえてのものだろう、と思われますが、体の痛みに対するプロの受け止め方を考えるとき、私はいつも、プロボクシングの元世界王者・浜田剛史氏(帝拳プロモーション代表)の並外れた精神力を思い浮かべてしまいます。

浜田氏は現役時代、その強打ゆえに左コブシを痛めてしまう悩みを常に抱えていましたが、新たな痛みが、今度は右ひざを襲い、診断された「右ひざ関節半月板損傷」は、半ば持病のようにもなっていました。

その損傷に対して浜田氏は、これは浜田氏を語るうえで欠かせないエピソードにもなっていますが、実に麻酔なしで手術を敢行してしまったのです。

世界王座を奪ったレネ・アルレドンド(メキシコ)とのタイトルマッチが行われる3カ月前のこと。右ひざの状態が思わしくない浜田氏は、ひざを切開して関節鏡を入れ、半月板の損傷状態をチェックする検査を行いました。

そのとき施した下半身麻酔は、あくまで検査用のもので有効時間に制限がありましたが、検査の結果を確認した浜田氏は、医師が後日に手術を、と言うのを聞かず、今、このまま手術をしてくれ、と懇願します。そして強行。検査用の麻酔は、手術の途中で完全に切れ、しかし、浜田氏は、額に脂汗を浮かべたものの、一言も声を出さなかった、というのです。

現役を去った浜田氏の体は、今でも痛みが慢性的になっているそうですが、本人は、痛みがあるのがボクの体と思っていますから、痛いのが普通です、と凄いことを平気な顔で口にしています。

強靭な精神力というものは、そういうことを生み出すものなのですね。

今、稀勢の里を支えるものは〈綱の自覚と責任〉なのでしょうし、それが、あるいは麻酔なしで行う手術クラスかもしれない痛みを超えさせているのでしょう。

としても・・・もう、初日からの12連勝で稀勢の里の熱い心は周知のことなのですから、ムリすることで負傷を長引かせないよう、観(み)る側はそれを願うばかりですね。

“侍ジャパン”が魅せる死闘

それこそ1球ごとに、1打ごとに、手に汗握る緊迫感-。

野球の国・地域別対抗戦「WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)」で日本代表の“侍ジャパン”が、野球の面白さを、これでもか! とばかりに魅(み)せてくれています。

チームを率いる日本代表・小久保裕紀監督が「日々、死闘です」というように、野球というゲームが「JAPAN」の名を背負って死闘を繰り広げると、こうもスリリングなものになるのか、と改めて思い知らされた感じです。

1次ラウンド、2次ラウンド(ともに3試合)を全勝(6勝)で準決勝に進出。激戦の場を米カリフォルニア州ロサンゼルスのドジャースタジアムに移して現地時間3月21日(日本時間同22日)から始まる決勝トーナメントが楽しみになりました。

一般的にスポーツの試合を、会場で観戦するなり、テレビで観(み)るなりして、そのときの興奮を翌朝、配達される、あるいは駅などで買う、スポーツ新聞でもう一度味わう、という流れは、活字離れが顕著な昨今、次第に失われつつある傾向にありますが、そうしたパターンを“侍ジャパン”が、取り戻してくれていることは、スポーツ新聞づくりに携わってきたものとして嬉しいことです。

それは“侍ジャパン”の活躍に限らず、プロボクシングのWBC世界バンタム級王者・山中慎介(帝拳)の“神の左”の炸(さく)裂だったり、プロゴルフの松山英樹(LEXUS)の優勝争いだったり、スポーツ新聞づくりは、激闘が展開されればされるほど、つくり手に伝わるものも熱くなり、生きた紙面が出来上がります。

その象徴の一つにカメラマンの“気合”が挙げられるでしょうか。

観客、報道陣もともに戦う代表戦

今回のWBCにしても、2次ラウンドのオランダ戦で本塁打を放った中田翔内野手(日本ハム)や同ラウンドのキューバ戦で本塁打を放った山田哲人内野手(ヤクルト)、さらに同ラウンドのイスラエル戦で均衡を破る先制の本塁打を放った筒香嘉智外野手(DeNA)ら一面の写真を飾ったヒーローたちに共通しているのは、これはチャンスを狙うカメラマンの意地でもあるでしょうが、ピタリとピントを合わせた「目」です。

凄いですね。「目は口ほどにものを言う」と故事にありますが、彼らの目はいずれも、鋭く、意志的で、その一瞬をとらえるカメラマンも並みではないですね。

新聞社カメラマンの世界は、デジタル・カメラの普及で歴史的な変革を遂げた、とも言われます。いわゆるフィルム(銀塩)カメラ時代は、もちろん、いい写真を撮ることが最優先ですが、その前に経費の節約があり、フィルムの使用を抑えつついい写真を頼むよ、との条件がつきます。

そうした制限が“名人”を生みます。例えばゴルフで言うなら、若手が最新式のクラブで当たり前のように300ヤードを飛ばす中、じゃ、このパーシモンで300ヤード超えを打ってみろよ、という“職人技”の持ち主ですね。

デジカメが出てくる前、私の先輩にボクシングを撮らせたら右に出るものがいない、という名人級のMさんがいました。ボクシングの写真では、パンチが顔に当たって顔が歪み、激しく汗が飛び散っている、というシーンをよく見かけます。そうした瞬間を得意にしていたMさんに言わせると、このシーンをキャッチするには、パンチを出すな、と思った瞬間にシャッターを押してないと間に合わないのだそうです。

そのためには・・・リングサイドでカメラを構えるカメラマンも、選手と一心同体となって戦い、選手の気持ちになっていなければ、瞬間にシャッターが押せないということなのですね。カメラ革命で便利になっても、基本的な姿勢は変わらないということです。

“侍ジャパン”の活躍を切り取った、紙面を飾る1枚の写真に読者の皆さんは何を感じるでしょうか。

そこに・・・スタンドを埋めた観客の熱気、テレビ観戦のファンの熱気、選手たちの個を捨てたチームプレーへの献身、などが漂えば、それを伝える側も、記者冥利、カメラマン冥利に尽きるというものです。

ジャンプ最強女子の不思議

〈ジンクス〉=「縁起の悪いもの。因縁があるように思われる出来ごと」(広辞苑)

なぜ? どうして? 不思議と言えば、不思議な出来ごとですね。そう。“勝てない”高梨沙羅(20=クラレ)です。

“勝てない”高梨沙羅って、あのノルディックスキー・ジャンプ女子の高梨だろ。ワールドカップ(W杯)では、勝ちまくってW杯ジャンプの歴代最多勝利記録に並ぶ53勝を挙げたりしているじゃない。

だから不思議、だれもが不思議! に思う出来ごとなのです。

「今季一番の目標にしてきました」-。

高梨が“忘れもの”を取り戻しにフィンランドに向かったのは2月20日のことでした。ラハティで開催されるノルディックスキーの世界選手権。「今季一番の目標・・・」とは、もちろん大会第3日(2月24日=日本時間同25日未明)に行われるジャンプ女子個人での金メダル獲得です。

が・・・結果を先に言うと、残念ながら勝てずに3位の銅メダル。周囲のなぜ? 以上に本人も「なぜ? 情けない気持ちでいっぱい」と悔し涙を流すジャンプとなってしまいました。

本当に不思議な現象ですね。高梨はなぜか大舞台で勝てません。

2年に1度の世界選手権を振り返れば、2011年(オスロ)で6位、2013年(パルディフィエメ)で2位、2015年(ファルン)で4位、そして今大会3位。五輪でも2014年ソチで4位に甘んじているのです。

W杯での強さ、通算4度にわたる総合優勝が証明するように、技術面では誰にも負けないものがあるでしょう。であれば精神面の問題? 確かに今回優勝したカリーナ・フォクト (25=ドイツ)は、ソチ冬季五輪の金メダリストで世界選手権2連覇を達成。世界選手権、五輪と大舞台での3連覇は、ここ一番に懸ける勝負強さ、集中力、という面で高梨と比較せざるを得ません。

一発勝負の弱さを露呈

例えばプロゴルファーの岡本綾子は、米国を主戦場とする海外ツアーで18勝を挙げ、1987年には、米女子ツアーで外国人選手として初めて賞金女王となる活躍を演じていますが、なぜかメジャー競技の優勝がありません。

このメジャー競技に関して岡本は自著「メモリアル・グリーン」でこう記述しています。

〈世界最高の舞台であるメジャーは、プレーヤーすべてが全力を挙げて挑んでくる激しい「戦場」です。生半可な気持ちで戦うことはできませんし、ささいなミスも許されません。普段と変わらないトーナメントのひとつだと思おうとしてもできない、ただならぬ空気が張り詰め、何か息苦しい感じがする。それが「メジャー独特のムード」なのです〉

別にどうということはないんだ。普段と変わらないトーナメントのひとつと思えばいいじゃないか。これは大一番に臨む青木功もよく口にしていたものですが、人間の心理は難しいもので、なかなかそうはいかないのが、その場に立ったときの状況なのでしょうね。

高梨が今回の世界選手権を、W杯と変わらない試合のひとつ、と思ったかどうかは分かりませんが、勝てていない世界の舞台とあって、力んだり、妙に意識したりしたものがあったり、また周囲のムードがメジャー競技独特の緊張感に包まれたりしていて、そうしたものが微妙に影響、金メダルに手が届かなかったのでしょうか。

気がかりなのは、こうした出来ごとを〈ジンクス〉にしてしまわないことでしょうね。ああ、また、と気持ちを折ってしまうことが一番危惧されることです。

20歳となり、大手化粧品メーカー「資生堂」のバックアップで変身もしました。ならば、心も変身して1年後の平昌五輪でソチ五輪、世界選手権のリベンジを、ぜひとも果たしてもらいたいものです。

“美女”となった高梨に涙は似合いませんよ。

プロが目指す“精度の高さ”とは?

最近、プロ・アスリートたちから「精度を高める」という言葉が多く聞かれるようになりました。

「精度」とは、言うまでもなく「精密さの度合い」(広辞苑)であり、それを〈高める〉ということは「粗(あら)さ」や「ばらつきの幅」を、出来るだけ〈少なくする〉ことであり、究極的には〈なくす〉というところまで突き詰めていくのでしょう。

例えば、プロボクシングで言うなら、WBC世界バンタム級王者・山中慎介(34=帝拳)の“ゴッド・レフト”の正確性。また、プロゴルフで言うなら、松山英樹(24=LEXUS)のショット全般の正確性。それらに研ぎすまされた精度、その高さを感じます。

では、プロ・レベルの精度とは、どういうところに判断があるのでしょうか。ひとつの例として中嶋常幸の“1円玉の差”があります。

私たちが1円玉を手のひらに置いたとき、重さというものを感じるでしょうか。

吹けば飛ぶよな将棋の駒・・・ならぬ1円硬貨。アルミ材質で直径2センチ、厚さ1ミリ、重さ1グラム-。

中嶋はこの1円玉の重さにこだわりました。もう、だいぶ前のこと、中嶋も若く、レギュラーツアーで活躍していた時代、クラブも技術の高さが求められるパーシモンの時代の出来ごとでした。

1円玉の差が分ける天国と地獄

あるトーナメントの練習ラウンドで新しいドライバーを試した中嶋は、練習終了後に所属メーカーのサービスカーに向かい「1円玉分、重いよ」と1グラムの微調整を注文、メカニックを困惑させました。

シロウトが口出しするレベルではありませんが、一般的なアマチュアが察知できるのは、せいぜい5グラムくらいからでしょうか。トッププロの研ぎすまされた感覚というものは、これほどまでに繊細なものなのか、これが〈プロ仕様の精度〉というものなのか、と思い知らされたものでした。

全盛時の宮里藍の持ち味は、ショットの精度の高さでした。これはどこから得られるものなのか。不振に陥ったとき、その原因を調べてみると、グリップがパーム気味のフィンガーになっており、感覚をつかさどる右手人差し指がその役目を十分に果たしていなかった、ということが判明しました。

であるなら・・・ショットの矯正は、たったひとつ、右手人差し指1本だけの直し、によって得られるに至っています。

トッププロたちの、こうした感覚を、皆さんはどう思いますか。

私たちが、凄いね~と思う一方、ゴルフというメンタルゲームは、高みを目指せば目指すほど、1円玉分の感覚の違いが、指1本の違いが、良くもなるし悪くもなる、天国と地獄の分かれ道となる怖さを持っているのですね。

3月2日(東京・両国国技館)に12度目の防衛戦を行う山中は、必殺の左に磨きがかかり、スポニチ本紙の担当記者は「ピンポイントで打ち抜く精度がアップした」と報じています。

山中と戦う誰もが“神の左”を警戒する中、それを当てるのは、右の使い方などさまざまな要素があるでしょうが、動く相手をとらえるための“ミリ単位”の秘策があるのでしょう。

プロのレベルというのは、凄いものだ、とつくづく感じます。
プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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