大人を蹴散らす“中学生パワー”の威力

その活躍に接するにつけ、この少年たちの頭の構造、思考回路、などは一体、どうなっているのだろうか、と考えてしまいます。

卓球界の話題を独り占めしている13歳の中学生・張本智和(エリートアカデミー)の、この年齢の少年とは思えない躍進ぶり、がひとつ。もうひとつは、プロデビューからの公式戦23連勝で注目を集める将棋の史上最年少プロ、14歳の藤井聡太四段です。

先の卓球世界選手権(ドイツ)をテレビの前にかじりついて応援した方々は多かったのではないでしょうか。私の友人も、卓球という競技を、あれほど夢中に観てしまうとはネ・・・と苦笑いしていました。

それもこれも、女子の平野美宇(17=エリートアカデミー)ら日本選手の活躍の中、ひときわ「チョレイ!」の掛け声とともに輝いていた張本の存在でした。男子シングルスの2回戦で日本のエース・水谷隼(木下グループ)を下すなど最年少8強入りの活躍-。

将棋界の藤井四段は、史上5人目の中学生プロ棋士ということです。6月7日に行われた「上州YAMADAチャレンジ杯」(大阪・関西将棋会館)で3連勝し、2016年12月24日のプロデビュー戦から公式戦23連勝を達成(継続中)しました。これも凄いですね。

卓球も将棋も、ある意味「頭脳の格闘技」的な要素が強いジャンルです。

であれば、やはり、駆け引きなどを含めて豊富なキャリアを持つほうがメンタル的に有利、となります。技術はある程度、様々な練習によって得られるでしょうが、それを生かすためのメンタルを、彼らローティーンは、どう養っているのか、若い選手が出てくるたびに思うことですが、私には不思議でなりません。

強いメンタルはどうして生まれる?

以前、ゴルフの「日米大学選手権」という競技が定期的に開催されていました。

日米とも代表に選ばれた大学生たちは、いずれも“プロ予備軍”でレベルの高い技術の持ち主ばかりです。

こうした戦いにあって日本代表は、強い米国代表に勝つために何が必要か? 取材に当たっていた私は、チームを率いる監督に聞いてみました。

監督が言います。

球を打つ技術は変わりません。だから今、練習場で球を打つことより、私は彼らに「フランス料理のフルコースを食べさせたい」ですね

ン? エッ? このコメントを理解するのに少々、時間がかかりましたが、監督の意図するところは、つまり、コースに出ればすべて選手が、自分の判断・決断で対処していかなければならない、正しい判断を下すためには、社会性というか社会的な常識が身についていなければ、何が良くて何が悪いか、が分からないでしょ、若い大学生に欠けているものは、そういう面ですから、ということなのでした。

社会的な常識を、フランス料理のフルコースの食べ方、に例えて、このときの監督は、大学生ならではのパワー、勢い、はあっても、やはり、若さゆえの経験不足を勝負の分かれ目に置いていました。

なるほど。よく分かる話ですね。

では・・・そうした面を今の中学生たちは、どう克服しているのでしょうか。

2020年東京五輪に向けて、これからは張本のような若年層がどんどん台頭してくることと思います。

世代交代劇が活発化する中、私がいつも不思議に思う、経験不足をどうカバーしているのだろうか、強いメンタルをどう身につけているのだろうか、という大事な面を、平成世代はすでに資質として持ち合わせているのだ、と安易に解釈してしまっていいのでしょうか。

何がどうあれ、目の前で大人を蹴散らす大活躍を演じているのは、まぎれもなく“中学生パワー”なのですから・・・。
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“高み”に踏み込むプロの勇気に思うこと

今季限りで現役を退くことを表明した女子プロゴルファーの宮里藍(31=サントリー)は、会見の席上、その理由を聞かれて「モチベーションの維持が難しくなった」と答えました。

2006年から主戦場を米国に移し、途中、スイングをいじったことにより、深刻なスランプに陥った時期もありましたが、2009年7月の「エビアン・マスターズ」で復活を告げる米ツアー初優勝を飾りました。

翌2010年シーズンは、日本人選手初の世界ランク1位ともなり、年間5勝を挙げる大活躍を演じています。

それを挟んで2009年から2012年まで毎年、勝利を挙げながら、他方、宮里は「自分のゴルフがピークにあるという感覚を得ながら、メジャーに勝てないのは何故だろう? どうすればいいのだろう? と立ち止まり、自分を見失った」と振り返りました。

メジャーに勝てない。何故だろう。どうすればいいのだろうか。

宮里は、メジャーで勝つためにどんどん、自分を高みに押し上げ、こうあるべき、とつくりあげた理想の形と、しかし今は、その形に追いつけない自分との間で悩み続けていたのでしょう。

会見では「今までやれていた練習ができなかったり、トレーニングでも自分を追い込むことができず、自分が望んでいる形になれなかった」と語っています。

何という完璧主義だろう、と思います。とともに第一線に位置するプロというのは、ここまで自分で自分を厳しく律するのか、とも思います。失礼な言い方ながら、目指すものを落とせば、もっと楽に戦えるのに・・・そんな人は少なからずいるのになァ、とも思います。

2012年ロンドン五輪ボクシング(ミドル級)金メダリストのプロボクサー・村田諒太(31=帝拳)は、アッサン・エンダム(フランス)と戦ったWBA世界ミドル級王座決定戦で判定負けしました。

あるいは・・・「そこに山があるから」

不可解な採点による納得のいかない敗戦。周囲に村田への同情の声が渦巻きましたが、負けは負けと受け止めた村田は、試合後にこんな言葉を口にしました。

負けたから、もう一回頑張る、などと言えるほど簡単な日々を歩いてきたつもりはない

これも凄い言葉です。

五輪の、しかも、日本人選手には難しいミドル級の金メダリスト。それを背負ってプロの世界に入ることがどれだけ重圧のかかることか。負けるわけにはいかない状況下で一戦一戦、勝ち続けた村田は、やがて巡ってきた世界への挑戦に対し「勝てばオープニング、負ければエンディングかもしれない」と“覚悟”します。

それは、プロボクサーの誰もが直面している、この競技はひとつの勝敗が人生をも分けてしまう、という過酷さを究極のところまで高めた覚悟であり、だから「負けたから、もう一回・・・」の言葉が口をついたのでしょう。

今は日本の総合格闘家もどんどん、米総合格闘技リング「UFC」に登場するようになっています。

が、ここに最初に上がった日本人格闘家の覚悟はどうだったのでしょうか。

1993年11月に発足した「UFC」の第2回大会(1994年3月=米コロラド州デンバー)-。

初期のころは、極めて暴力的だったこの金網リングに出撃した初の日本人選手が、大道塾の空手家・市原海樹(みのき)でした。

この勇敢なサムライに思うことは、今でこそ普通に「アルティメット」とか「バーリ・トゥード」とか使われているものの、当時の日本では、まだよく理解されていなかった時代になぜ、それに向かったのだろうか、ということです。

市原とオクタゴンの橋渡し役となった作家の夢枕獏氏は、そのリポートでこう記述しています。

試合前の恐怖感が大きければ大きいほど、その領域に踏み込むための門は狭くなり、領域の頂きは高みを増していく。人は他人によって選ばれるのではない。自らが自らを選ぶのである。市原は既にそういう領域に足を踏み入れていた

と-。

宮里藍にしても村田諒太にしても、あるいは市原海樹にしても、退路を断って自らの意志で自らを高みに押し上げ、その狭き領域に踏み込んだ末の葛藤(かっとう)と戦い続けたのでしょう。

その勇気、その前進、には脱帽です。そして・・・その結果に対して他人が軽々しく声を掛けられないような気もします。

最強の追及・・・無差別の魅力

今年の「全日本柔道選手権大会」は、例年通り、4月29日に東京・日本武道館で開催されますが、数ある柔道の大会の中でも、この大会は、体重や年齢などすべて〈無差別〉で行われることで見応えがありますね。

女子の「皇后盃全日本柔道選手権大会」は、男子に先駆けて4月16日、神奈川・横浜文化体育館で開催され、決勝戦は朝比奈沙羅(20=東海大)vs田知本愛(28=ALSOK)の重量級対決となり、若い朝比奈が優勢勝ちで初優勝を飾りました。

大会を中継したNHK総合テレビの解説を務めた2011年大会優勝の杉本美香(32)さんは「予選から勝ち上がって優勝にこぎつける。階級に関係ない無差別の大会に勝つことは、特別のものがありますね」と話していました。

〈柔よく剛を制す〉という言葉があります。「温柔な者がかえって剛強な者に勝つことが出来る」(広辞苑)という意味ですね。

範囲を広げれば、体が小さい者が大きい者に勝つ、ことにもたとえられます。

この表現は、いかにも“武道的”で以前、むさぼるように読みふけった富田常雄著の柔道小説「柔」の中でも、体が小さく非力な主人公の矢野浩(後に正五郎)が、大男を〈理と力の法則〉で投げ飛ばす術の妙が描かれています。

読み手の心を躍らせる〈無差別の戦い〉こそ、格闘技の原点なのでしょう。

柔道やレスリング、ボクシングなど格闘技各分野で実施されている階級制は、競技として成り立たせるために導入されています。

競技性重視で薄まる戦いの本質

例えば、米総合格闘技リング「UFC」は、1993年11月12日、コロラド州デンバーで第1回大会が開催されたとき、トーナメント(出場8選手)は、階級制なしの無差別で行われています。体重的にはミドル級クラスのホイス・グレイシー(ブラジル)が、グレイシー柔術の技を駆使した戦いで重量級戦士を下して優勝したことに面白さはあったものの、全体的に試合の内容は「ケンカだった」とも言われています。

もちろん、まだ「バーリ・トゥードって何だ?」という時代です。

この「UFC」は、1997年の大会から階級制を取り入れ、現在の運営会社「ズッファ社」(ダナ・ホワイト社長)は、興行性から競技性への移行に徹して継続に成功しています。

日本で1997年10月11日に“平成の格闘王”高田延彦(当時キングダム)とグレイシー柔術のヒクソン・グレイシー(ブラジル)が戦うことになり、そのためのリング「PRIDE-1」が立ち上げられたとき、国内では、一部のコアなファンは別にして、一般的にはまだ「バーリ・トゥード(スペイン語で“何でもあり”)」とか「アルティメット(究極=反則技を最小限にとどめた格闘技)」などという言葉は浸透していませんでした。

しかし「UFC」が、グレイシー柔術の企画・主催でスタートしたバーリ・トゥード・ルールによるアルティメット大会であることを考えれば、その戦いのルーツは、柔術や柔道にあるのではないか、との見方もありました。

柔道やレスリングが今、五輪や世界選手権を視野に入れた競技性重視のため、ルールにがんじがらめになる中、無差別戦は唯一、残されたロマンなのかもしれません。

そう言えばプロボクシング界でも、マニー・パッキャオ(フィリピン)が階級を超えた戦いに挑んで6階級制覇を達成したり、公認団体が増えて王者が増える中、階級を超えて誰が一番強いのかを問う「パウント・フォー・パウンド」ランクが注目されたりするようになっています。

競技性やスポーツ性は大事、欠かすことはできませんが、やはり、格闘技の原点は、無差別の戦い、にあるのでしょうね。

競技者には、その心を忘れてほしくないですね。

「出る以上は」と新横綱の矜持

“武士は相見互い”とはいえ、土俵上の勝負、手を抜くわけにはいきません。

大相撲春場所の熱戦-。

13日目(3月24日)に先輩横綱の日馬富士(伊勢ケ浜)が、持ち前の速攻勝負で新横綱の稀勢の里(田子ノ浦)を寄り倒し、初黒星を喫した稀勢の里は、土俵下に倒れた際、左肩周辺を痛めました。

休場も心配された中、左肩から同上腕部にかけて痛々しくテーピングした稀勢の里は、14日目(3月25日)の土俵に上がり、強行出場の甲斐なく何もできず、横綱・鶴竜(井筒)に寄り切られ2連敗となりました。

「稀勢の里、大丈夫かな?」と気にかけながらも「勝負事なんでね」と13日目の日馬富士。「(稀勢の里は)力が抜けていた。こんなやりづらいものはないですね」と14日目の鶴竜。抵抗のない手負いの新横綱を寄り切った際、再び土俵下に転落しないよう、手を差し伸べて支えてやることが、鶴竜の精いっぱいの“武士の情け”だったかもしれません。

大相撲の取材に当たっているスポニチ本紙の担当記者は、負傷の個所や負傷の度合いは、一切公表されていないが、稀勢の里らしくない内容が、負傷の深刻さを示している、と報じていました。

13日目の日馬富士戦で左肩周辺を痛めたとき、稀勢の里の痛がりようには、ただならぬものが感じられました。

激痛を超える精神力の強さ

14日目の強行出場は、一夜明けても残る相当な痛みをこらえてのものだろう、と思われますが、体の痛みに対するプロの受け止め方を考えるとき、私はいつも、プロボクシングの元世界王者・浜田剛史氏(帝拳プロモーション代表)の並外れた精神力を思い浮かべてしまいます。

浜田氏は現役時代、その強打ゆえに左コブシを痛めてしまう悩みを常に抱えていましたが、新たな痛みが、今度は右ひざを襲い、診断された「右ひざ関節半月板損傷」は、半ば持病のようにもなっていました。

その損傷に対して浜田氏は、これは浜田氏を語るうえで欠かせないエピソードにもなっていますが、実に麻酔なしで手術を敢行してしまったのです。

世界王座を奪ったレネ・アルレドンド(メキシコ)とのタイトルマッチが行われる3カ月前のこと。右ひざの状態が思わしくない浜田氏は、ひざを切開して関節鏡を入れ、半月板の損傷状態をチェックする検査を行いました。

そのとき施した下半身麻酔は、あくまで検査用のもので有効時間に制限がありましたが、検査の結果を確認した浜田氏は、医師が後日に手術を、と言うのを聞かず、今、このまま手術をしてくれ、と懇願します。そして強行。検査用の麻酔は、手術の途中で完全に切れ、しかし、浜田氏は、額に脂汗を浮かべたものの、一言も声を出さなかった、というのです。

現役を去った浜田氏の体は、今でも痛みが慢性的になっているそうですが、本人は、痛みがあるのがボクの体と思っていますから、痛いのが普通です、と凄いことを平気な顔で口にしています。

強靭な精神力というものは、そういうことを生み出すものなのですね。

今、稀勢の里を支えるものは〈綱の自覚と責任〉なのでしょうし、それが、あるいは麻酔なしで行う手術クラスかもしれない痛みを超えさせているのでしょう。

としても・・・もう、初日からの12連勝で稀勢の里の熱い心は周知のことなのですから、ムリすることで負傷を長引かせないよう、観(み)る側はそれを願うばかりですね。

“侍ジャパン”が魅せる死闘

それこそ1球ごとに、1打ごとに、手に汗握る緊迫感-。

野球の国・地域別対抗戦「WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)」で日本代表の“侍ジャパン”が、野球の面白さを、これでもか! とばかりに魅(み)せてくれています。

チームを率いる日本代表・小久保裕紀監督が「日々、死闘です」というように、野球というゲームが「JAPAN」の名を背負って死闘を繰り広げると、こうもスリリングなものになるのか、と改めて思い知らされた感じです。

1次ラウンド、2次ラウンド(ともに3試合)を全勝(6勝)で準決勝に進出。激戦の場を米カリフォルニア州ロサンゼルスのドジャースタジアムに移して現地時間3月21日(日本時間同22日)から始まる決勝トーナメントが楽しみになりました。

一般的にスポーツの試合を、会場で観戦するなり、テレビで観(み)るなりして、そのときの興奮を翌朝、配達される、あるいは駅などで買う、スポーツ新聞でもう一度味わう、という流れは、活字離れが顕著な昨今、次第に失われつつある傾向にありますが、そうしたパターンを“侍ジャパン”が、取り戻してくれていることは、スポーツ新聞づくりに携わってきたものとして嬉しいことです。

それは“侍ジャパン”の活躍に限らず、プロボクシングのWBC世界バンタム級王者・山中慎介(帝拳)の“神の左”の炸(さく)裂だったり、プロゴルフの松山英樹(LEXUS)の優勝争いだったり、スポーツ新聞づくりは、激闘が展開されればされるほど、つくり手に伝わるものも熱くなり、生きた紙面が出来上がります。

その象徴の一つにカメラマンの“気合”が挙げられるでしょうか。

観客、報道陣もともに戦う代表戦

今回のWBCにしても、2次ラウンドのオランダ戦で本塁打を放った中田翔内野手(日本ハム)や同ラウンドのキューバ戦で本塁打を放った山田哲人内野手(ヤクルト)、さらに同ラウンドのイスラエル戦で均衡を破る先制の本塁打を放った筒香嘉智外野手(DeNA)ら一面の写真を飾ったヒーローたちに共通しているのは、これはチャンスを狙うカメラマンの意地でもあるでしょうが、ピタリとピントを合わせた「目」です。

凄いですね。「目は口ほどにものを言う」と故事にありますが、彼らの目はいずれも、鋭く、意志的で、その一瞬をとらえるカメラマンも並みではないですね。

新聞社カメラマンの世界は、デジタル・カメラの普及で歴史的な変革を遂げた、とも言われます。いわゆるフィルム(銀塩)カメラ時代は、もちろん、いい写真を撮ることが最優先ですが、その前に経費の節約があり、フィルムの使用を抑えつついい写真を頼むよ、との条件がつきます。

そうした制限が“名人”を生みます。例えばゴルフで言うなら、若手が最新式のクラブで当たり前のように300ヤードを飛ばす中、じゃ、このパーシモンで300ヤード超えを打ってみろよ、という“職人技”の持ち主ですね。

デジカメが出てくる前、私の先輩にボクシングを撮らせたら右に出るものがいない、という名人級のMさんがいました。ボクシングの写真では、パンチが顔に当たって顔が歪み、激しく汗が飛び散っている、というシーンをよく見かけます。そうした瞬間を得意にしていたMさんに言わせると、このシーンをキャッチするには、パンチを出すな、と思った瞬間にシャッターを押してないと間に合わないのだそうです。

そのためには・・・リングサイドでカメラを構えるカメラマンも、選手と一心同体となって戦い、選手の気持ちになっていなければ、瞬間にシャッターが押せないということなのですね。カメラ革命で便利になっても、基本的な姿勢は変わらないということです。

“侍ジャパン”の活躍を切り取った、紙面を飾る1枚の写真に読者の皆さんは何を感じるでしょうか。

そこに・・・スタンドを埋めた観客の熱気、テレビ観戦のファンの熱気、選手たちの個を捨てたチームプレーへの献身、などが漂えば、それを伝える側も、記者冥利、カメラマン冥利に尽きるというものです。
プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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