任侠映画とダブる「冒険者たち」

映画関係者や一般の映画ファンが集まった会合の例会が、このほど開催され、ともに参加している映画好きの友人O君が推薦したフランス映画「冒険者たち」(ロベール・アンリコ監督=1967年公開)が上映されました。

フランス映画を観(み)るたびに思うことは、といってもそうそう多く観ているわけではありませんが、例えば、男同士の固く結ばれた友情の中に女の恋愛感情を立ち入らせない、など、何やら昔シビれた日本の任侠路線、やくざ映画的な構図が結構あり、日本人のウエットな感性と、どこか共通点があるなァ、ということです。

「冒険者たち」は、映画好きの皆さんが、恐らくかつて観たことがあって“よかったなァ”という感想を持ったことと思いますが、それはやはり、アメリカ映画などは構えて、分かろうとする必要性も出てくる一方、こちらは全編を通して〈日本人の感性〉で素直に観られたことにあったからではないかと思います。

レーシング・カーの強力エンジン開発に夢を託す自動車技師のローラン(リノ・ヴァンチュラ)と友人であるパイロットのマヌー(アラン・ドロン)の間にある日、若き女性彫刻家のレティシア(ジョアンナ・シムカス)が加わってきます。

イケメンで遊び慣れしていそうなマヌーと中年の堅物エンジニアのローラン。男2人にはさまれてレティシアは、心地よく通じ合う友情の中に身を置き、ともに抱く夢に向かって突き進みます。

・・・が、それは次々に挫折-。

マヌーは凱旋門の下を飛行機でくぐり、それを撮影するという企画に乗り失敗。危険飛行を理由にライセンスを剥奪され、あげく、あの企画は冗談だったのさ、と冷笑され、冷たい視線を浴びます。

レティシアは、自身開催した彫刻の個展で、その出来栄えをマスコミに叩かれ、失意のドン底に突き落とされます。

さらにローランまでも・・・新型エンジンを搭載した車の試験走行でエンジンが爆発して夢が砕け散りました。

なぜかフランス映画に合う日本人の感性

それぞれが傷つき、心の痛みを抱え、3人は、聞き込んだコンゴの海に沈んでいるという財宝探しに新たな夢を託しました。

そうしたストーリーを進めながら、アンリコ監督は背景に〈男と女の友情はあるのか!〉を問いかけ、あるいは、硬軟タイプが違いながらも固い友情で結ばれているマヌーとローランの間にレティシアの愛はどう入り込むだろうか、という興味を観る側に問いかけてきます。

この三角関係の行方は、レティシアが、やはり財宝を狙って争う別の男たちの銃弾に倒れ、幕を閉じます。死んだレティシアの面影を脳裏に刻みつつ再び、男2人となった映画の後半は、一転、男の熱い友情がセンチメンタルに描かれます。

財宝を狙った男たちとの戦い。銃撃戦で倒れたマヌーへの怒りを爆発させたローランは、手投げ弾を投げまくって敵を撃退させ・・・そして今は虫の息となったマヌーの耳元にささやきます。

〈レティシアは、お前と一緒に暮らしたがっていたんだぞ〉

かすかに笑みを見せたマヌーがつぶやきました。

〈このウソつきめ・・・〉-。

ああ。何という男気あふれるシーン。

レティシアがかつて、ローランに〈一緒に住むならあなたがいい〉と言ったのを知っていたかのようなマヌーの最後の言葉。おいおい。ちょっと・・・あんまり泣かせないで下さいよ。これって日本のやくざ映画のエンディング、泣かせる場面でしょ!

義理だ、人情だ、ということになれば、それを象徴するこんな男気のシーンもありました。

3人の財宝探しに、財宝を積んで墜落した飛行機の生き残りのパイロット、ヴェルタン(ポール・クローシェ)が加わりますが、後に敵につかまり、銃を突き付けられながら、マヌーが共犯であるかを聞かれながら、最後まで白状せず、撃たれて命を亡くします。

これも日本の任侠映画に描かれる義理の世界-。

こうして「冒険者たち」は、男も女も悲しみに包まれながら“アン・ハッピーエンド”で幕を閉じました。

・・・にもかかわらず、皆がこの映画を〈永遠の名作〉と称えるのは、とどのつまり、日本人は誰もが、何だかんだと言いながら、こういう〈義理と人情のこの世界〉が大好きだからなのではないですかね。
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心にしみる「誰もいない海」の哀愁

自宅から近い片瀬海岸西浜(神奈川県藤沢市)周辺の海沿いの道が、私の日ごろのウォーキング・コースとなっています。

まあ、日課にしたいという気持ちはあるのですが、そこまでには至らず、それでもせっせと、マジメに歯を食いしばり、嫌がる体にムチ打って歩いています。

これまでも結構多く、ウォーキングをテーマにあれこれと雑文を書いてきましたが、毎年のことですが、8月から9月へ移行するこの季節、歩いていて感じることは、海辺の空気がガラリと変わることですね。

目に見える部分では、立ち並ぶ〈海の家〉の解体が8月31日に開始され、9月上旬のこの時期は、ほとんど骨組みが残されているだけとなり、海岸が広く感じられ、風通しがよくなった気もします。

何よりも、あの夏の喧騒(けんそう)が一気に消え、代わって、やたら多く飛び交い始めた赤トンボとともに、こちらも一気に秋の気配が漂い、8月は体中、汗だくになったのに9月に入った今、汗ばむだけになったことに対しても、何やら寂しさを感じてしまいますね。

私はたいてい、好きなラジオ局〈84・7〉の「FMヨコハマ」をイヤホンで聴きながら歩いていますが、この季節、何故か自然に口ずさんでしまうのが「誰もいない海」(作詞・山口洋子、作曲・内藤法美)なのですね。

今は~もう秋 誰も~いない海
知らん~顔して 人が~ゆき過ぎても・・・

この「誰もいない海」は、1970年(昭45)にトワ・エ・モアが歌ってヒットしていますが、私の中の「誰もいない海」は、シャンソン歌手の大木康子さん(2009年2月死去=享年66)が歌った「誰もいない海」で、そこにたまらない哀愁が感じられて好きですね。

「銀巴里」があり「蛙たち」もあり・・・

資料によると「誰もいない海」の初レコード化は、トワ・エ・モアが歌う以前、1968年(昭43)なのだそうですが、それを大木さんが歌っているのです。

私がこの歌に何故か愛着を感じるのは、この歌が世に出てきたころの1969年(昭44)に私はスポニチ本紙に入社しており、ファンの方はご存知でしょうか、その頃、東京・銀座にシャンソニエ(シャンソンを聴かせるライブハウス)の「蛙たち」があり、大木さんは金子由香利たちと歌を聞かせており、若き日の私もライブで聴いているのですね。

ああ、懐かしい! ですが・・・。

あの頃の銀座には、1951年(昭26)に開店した日本初のシャンソン喫茶「銀巴里」(東京・中央区銀座7丁目)があり、愛好者を楽しませていました。「蛙たち」は、それより遅れて1965年(昭40)に開店。「銀巴里」が閉店した1990年(平2)以降、頑張って今に至り、2015年3月には〈創業50年記念コンサート〉を開いています。

私が「蛙たち」に時々、出入りしていた頃、ちょっと記憶がハッキリしないのですが、店は確か、ホテル日航の地下にあッたような気がしますが、店内に入るとスタッフが「かえるのうたが~きこえてくるよ~」と童謡の「カエルの合唱」を歌って歓迎してくれて、心を和ませてくれたものでした。

海辺のウォーキングから柄にもなくシャンソニエの思い出まで、何やら話が次々に飛びましたが、要は、短い夏が終わって次第に秋の気配が漂い、夏の喧騒が消えた秋の海には〈大木康子さんの「誰もいない海」〉が似合うね、というだけの話がしたかったのです。

まあ、若き日を懐かしむオヤジの感傷といったところですかね~。

思い出の「蛙たち」は、そうですか、今でも健在なのですね。

機会を見て行ってみたくもなりました。

映画「麗しのサブリナ」を観て・・・

若き日の“可憐な妖精”を久々に堪能してきました。

太陽が顔を出さずにムシ暑い曇り空ばかりが続く8月半ばの某日-。

映画好きの友人Oからメールが入りました。

〈ヘップバーン、観(み)に行かないか?〉

かつての傑作名画を全国展開で上映してくれている「午前十時の映画祭」の、神奈川県エリアでの上映館のひとつに「シネプレックス平塚」(神奈川県平塚市)があり、ここを私たちはよく利用しているのですが、この時期、ヘップバーンを特集していて「ローマの休日」(1953年=米)「麗しのサブリナ」(1954年=米)「昼下がりの情事」(1957年=米)「おしゃれ泥棒」(1966年=米)の4作を週替わりで上映しており、上映中だった「麗しのサブリナ」を観に行ったのです。

ヘップバーンと言えば、ウィリアム・ワイラー監督に見い出され、初の主役を演じた「ローマの休日」の、無邪気で可憐な〈アン王女〉を、誰もが思い浮かべることでしょう。

が、よく見れば、美人でもなく、口が大きく、かといって、ブスでもないなァ、と思い、体だってつくところについてなく、ガリガリといった感じだし、結局、キュートな魅力、というところに落ち着いてしまうヘップバーンという女優は、不思議と言えば不思議、スクリーンの中から、観ている側に爽やかな微笑みを浮かばせてしまうのです。

「麗しのサブリナ」(原題=Sabrina)は、あのビリー・ワイルダー監督によるロマンチック・ラブ・コメディです。

1950年代に同監督が手がけたラブ・コメディには「七年目の浮気」(1955年)や「お熱いのがお好き」(1959年)などがありますが、これらの主役を務めた、ヘップバーンとは対照的に豊満なB90を揺らすグラマラスなマリリン・モンローにも「無邪気な可愛らしさ」があり、まったく質の違う「無邪気な可愛らしさ」がワイルダー監督の感性をくすぐったのでしょうか。

当時25歳の若きヘップバーン演じるサブリナ・フェアチャイルドは、大富豪ララビー家のお抱え運転手を務めるトーマス・フェアチャイルドの娘です。

ララビー家で開催されるパーティーに、運転手の娘ゆえに加われないサブリナは、庭の木によじ登って楽しげな光景を眺め、密かに恋するララビー家の次男デイヴィット・ララビー(ウィリアム・ホールデン)に遠くから熱い視線を送り続けます。

“可憐な妖精”の不思議な魅力

そんな矢先、デイヴィットには家系に見合った恋人がいることを知り、サブリナはショックのあまり、数台の車が並ぶ車庫に入り、全車のエンジンをかけて一酸化炭素中毒による自殺を図ります。が、そこにララビー家の長男ライナス・ララビー(ハンフリー・ボガード)が現れ、何やってんだ! と叱られ、事なきを得るに至ります。

ハンフリー・ボガードには、やはり「カサブランカ」(1942年=米)の渋いリック役が思い浮かび、このシーンでも、いたずらをしでかした生意気盛りの小娘を目で叱る迫力があり、それがまた、サブリナ・ヘップパーンのキュートな魅力を引き出してもいました。

やがてサブリナは、料理を学ぶためにパリに留学、2年後に見違えるように洗練された大人の女性になって帰ってきます。誰だ! えっ、あのサブリナか! とライナス&デイヴッドのララビー兄弟は、にわかにサブリナ争奪戦を開始、ドタバタとさまざまな騒動を繰り広げます。

デイヴィットとサブリナの仲が、事業の障害になると案じたライナスが、サブリナをパリに追い出してしまおうと図り、しかし、自らもサブリナを愛していることが分かり、デイヴィットもそれに気づいてライナスをサブリナが乗り込んだパリ行きの船に乗り込ませ、そこでめでたし・・・のハッピーエンドとなる筋書きです。

ストーリーは単純なラブ・コメディですが、観る側を、面白かったね、と満足させるのは、やはり、ハンフリー・ボガード、ウィリアム・ホールデン、そしてオードーリー・ヘッブバーン、というキャストの妙にあったのかもしれません。

それと・・・全編に流れるテーマ曲「La vie en rose(ラ・ヴィ・アン・ローズ=バラ色の人生)」が良かったですねェ。言わずと知れたエディット・ピアフのシャンソンの名曲。それが、随所に流されていました。

それにしても・・・冒頭に苦し紛れに〈若き日の妖精〉だとか〈キュートな魅力〉と書きましたが、ヘップバーンの本当の魅力ってどんなところにあるのだろうか、と考えてしまいます。

スクリーンの中でキス・シーンがあっても、どうにも“女”が匂ってこない。例えばブロンドのベリー・ショート“セシールカット”で女性を虜(とりこ)にしたジーン・セバーグが漂わせた〈中性的な魅力〉なども思い出され、あるいは共通項があるような気もします。

・・・と思う一方、ライナスとのヨットでのクルージングで見せたホットパンツ姿の太ももは、かなり、セクシーでもありましたが・・・。男どもはどうしても、そういうところに目が行ってしまうものです。

やはり、ヘップバーンの本当の魅力は、男連中では決めきれない、同性が感じる“何か”によるものなのかもしれませんね。

とことん笑えた「お熱いのがお好き」

映画をどう観(み)るか、あるいは、どう楽しむか、については、もちろん特別なセオリーなどはなく、観る人々の個々の感性に任せて自由です。

この点を以前、ある映画監督に聞いたところ、こんな言葉を頂きました。

〈映画はね、100人100様の見方があっていいんですよ。それで監督だってね、自分の意図と違う見方をされても、ああ、こういう見方もあるんだ、と教えられるわけですからね〉

従って映画館で、1人の観客が大笑いした場面で、隣の席に座った別の観客が涙を流したとしても、それは個々の感性による解釈、受け止め方によるもので、それもアリ! なのが映画なのであり、面白さなのでしょう、と思います。

・・・が、しかし、です。そんな肩の凝る話ではなく、他方には、とにかく皆が、一斉に笑えて無条件に楽しめるコメディ映画もあります。

そんなジャンルの代表作がビリー・ワイルダー監督(製作)の米映画「お熱いのがお好き(Some Like It Hot)」(1959年公開)ですね。過日、映画愛好家が集まった例会で上映され、クスクスだったり、声を上げたり、大いに笑ってきました。

トニー・カーティスとジャック・レモンの芸達者な2人にB90を揺らし、セクシーでキュートなマリリン・モンローが加わってさまざまな騒動を巻き起こす、このドタバタ喜劇の代表作は、名画座だったりテレビだったり、以前にどこかで観たっけなァ、と思い出す方々も多いと思います。

私も数回、観た覚えがあり、筋書きはだいたい頭の中に入っているにもかかわらず、何回観ても面白さが色褪(あ)せず、そのたびに笑いが呼び起こされるのは、やはりこの映画が傑作だからなのでしょう。

ちなみこの映画は、米映画協会が選ぶ「アメリカ映画喜劇映画ベスト100」の第1位に位置づけられています。

ときは1920年代後半、禁酒法時代のシカゴ。もぐりの酒場で演奏することで食いつないでいたミュージシャンの2人、サックス奏者のジョー(トニー・カーティス)とベース奏者のジェリー(ジャック・レモン)は、酒場に警察の手入れが入り逃げ出します。

職を失った2人は、稼ぐために移動用の車を借り、受け取りに行ったガレージでマフィアの虐殺現場(聖バレンタイン・デーの虐殺)に出くわしてしまい、マフィアのボス、スパッツ・コロンボ(ジョージ・ラフト)の一味に追われることになってしまいます。

モンローの魅力満載の傑作コメディ

右往左往する中、2人は苦肉の策でジョーはジョセフィン、ジェリーはダフネ、と名を変え、女装して女性だけの楽団にもぐりこむことに成功。一行は寝台列車でフロリダ(マイアミ)へと向かいます。

車中で出会うウクレレ奏者でボーカル担当のシュガー(マリリン・モンロー)にジョーでジョセフィン“カーティス”は一目ぼれ。しかし、シュガー“モンロー”は、フロリダで成金の金持ちを探そうと目論んでおり、女装ゆえに手が出せないジョセフィンを歯ぎしりさせます。

一方のジェリーでダフネ“レモン”は、マイアミに到着するなり、本物の大富豪のオジさん、オズグッド・フィールディング3世(ジョー・E・ブラウン)に一目ぼれされてしまい、こちらも正体がバレるのを恐れ、逃げまくるのに必死となります。

やがて・・・シカゴから逃げた2人の前にマイアミにやってきたコロンボが姿を見せます。巻き起こるギャング同士の抗争。コロンボが射殺され、それを目撃した2人はまたまた、追われる身に・・・。

ドタバタ! ドタバタ!

エンディングは、ダフネに一目ぼれしたオズグッドに助けを求め、シュガーも合流して、彼が所有するクルーザーに逃げ込みます。助けられて身分を隠すわけにはいかなくなったダフネが、男であることを明かすとオズグットは、ニヤリとして言ってのけました。

〈な~に、人間、誰もが完ペキなんかじゃないさ。(Well,nobody’s perfect)〉

と-。

私は、このドタバタ・コメディを楽しみながら、トニー・カーティスとジャックレモンの達者な演技の2人に囲まれてマリリン・モンローの存在はどうなのだろうか、などと考えていました。

ビリー・ワイルダー監督は当初、シュガー役をミッチー・ゲイナーにしようとも思っていたそうですが、私は、モンロー以外だったら、シャーリー・マクレーンあたりは? などと思いましたが、やはり、この役はモンローでしたね。

なぜなら、あの場面、あの歌・・・もう、モンローなくして成り立ちません。

そうです。

I wanna be loved by you

ですね。

Boo boo bee doo

悲惨だったと言われる私生活面はともかく、スクリーンの中のモンローは、ひたすら「可愛らしさ」で観る側を魅了してくれました。

映画「浮雲」を観て・・・

映画好きの友人O君に「久々にどうだい」と声をかけたところ「“午前十時・・・”で〈浮雲〉をやってるよ」ということで足を運びました。

過去の名画を全国展開で上映してくれている「午前十時の映画祭」は、映画ファンには人気のイベントですね。私が住む湘南エリアでは、神奈川県平塚市の「シネプレツクス平塚」で実施されています。

原作・林芙美子の「浮雲」は、脚本を水木洋子が手がけて映画化され、1955年(昭30)に製作・公開(成瀬巳喜男監督=東宝)されています。

ヒロインを演じた高峰秀子が、強烈な愛憎劇をとことん見せつけて堕(お)ちていく姿が話題となった映画でしたね。

映画の最後を、林芙美子が好んだという「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」の文字で締めくくった124分を観(み)終えて友人O君が「あ~あ、だよなァ」と溜息をつきました。

〈男も女も、あんな愛ってのがあるかなァ。何とも言いようがない、疲れる映画だよなァ〉

まったく・・・成瀬監督も、らしい、といえば、らしいのか、罪つくりな人ですね。

昭和21年-。

終戦直後の荒廃した日本に、外地から引き揚げてきた幸田“高峰秀子”ゆき子が降り立ち、富岡“森雅之”兼吾を訪ねるところから映画は始まります。

それよりさかのぼって戦時中の昭和18年、日本の占領下にあった南方(ベトナム方面を想定)で農林省の技師として働いていた富岡は、タイピストとして赴任してきたゆき子と、やがて愛し合うようになってしまいます。

戦争が終わり、引き揚げてきたゆき子は富岡の家を訪ね、そこで富岡の妻・邦子“中北千枝子”に出会います。富岡が妻帯者であることを、もちろん承知の上で関係を持ち、妻とは別れるという富岡の言葉を信じたゆき子でしたが、やはり顔を合わせ、加えて富岡の優柔不断な態度にも触れてゆき子は絶望的となり、そこから“苦しきことのみ多かりき”の失意の人生がスタートします。

“苦しきことのみ多かりき”の悲哀

戦後の混乱にあって、皆が生きていくのが精いっぱいの中、ゆき子は一人、バラックに住み、米兵のオンリーにもなり、その日を暮らします。

スクリーンの中の、そんな高峰秀子に感じたことは、女優・高峰秀子の演技でのものなのか、あるいは、高峰秀子という人が持つ本来のものなのか、それはわかりませんが、ちょっと近寄りがたい〈眼の冷たさ〉でした。

ヒトミの奥に青白い炎がのぞかれるような〈眼の冷たさ〉は、ゆき子ならそうならざるを得ないだろうし、それが“デコちゃん”の愛称で親しまれる、柔和な丸顔とは対照的な、様々な意味での強さを感じさせていました。

ゆき子と煮え切らない富岡とのズルズルとした関係。2人で出かけた伊香保温泉で向井“加東大介”清吉の若い妻・おせい“岡田茉莉子”とデキてしまう富岡。さらにゆき子と、かつて犯された義兄・伊庭“山形勲”杉夫との関係。向井がおせいを殺してしまう事件・・・。

まったく、友人のO君ならずとも、男と女っていったい何なんだ! とワケが分からなくなってしまうようなドロドロとした関係です。

ちなみに富岡は「すべて敗戦が悪いのだ」とつぶやいていました。まったく、情けネーなァ、ですね。

やがて・・・富岡の新任地・屋久島に同行したゆき子は、旅の途中で体を壊し、屋久島に到着早々、富岡の留守中に吐血して死んでしまいます。

あの〈冷たい眼〉をやっと閉じることができたゆき子。その唇に口紅を塗り、死化粧を施す富岡。富岡がここで流す涙は、いったい何に? だったのでしょうか。

優柔不断な男の身勝手に翻弄される女の悲しさ-男のエゴと女の愛が生々しくぶつかる展開は、東宝(豊田四郎監督)と松竹(大場秀雄監督)でそれぞ映画化された川端康成原作の「雪国」や松竹(吉田喜重監督)の「秋津温泉」などに見られますが、この「浮雲」は究極的? とでもいえるのでしょうかね~。

映画館を出てしばらく、重く暗い気持ちは晴れない状況・・・春近しの気候もこの日は三寒四温で寒さぶり返しの日。

どうにも身も心も寒い日となってしまいました。
プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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