今なぜ、モノクロ・サイレントなのか?

「サイレント(無声)映画」を観(み)たのは、ついこの間のことでした。

1月30日付のこの欄に書きましたが、1月29日の日曜日夜に「カワマタ・キネマサロン」(このシリーズは「文化・芸能」の項に収めてあります)で上映された川端康成の短編小説「伊豆の踊子」です。

「伊豆の踊子」はこれまで計6度にわたって映画化されていますが、その日、上映されたのは1933年(昭8)公開の、記念すべき映画化第1弾もの(五所平之助監督)で、これまた貴重なサイレントでした。

当時、日本の映画界は、既に「トーキー(発声映画)」に移行していましたが、資料には、1938年(昭13)ころまでは剣戟(けんげき)映画を中心にサイレント映画が製作・公開されていた、とありました。

このサイレント版「伊豆の踊子」は、登場人物のセリフを字幕で挿入する形でしたが、音声がない映画に感じることは、俳優の大変さ、言葉を体で表すことの難しさ、でした。第1作の「踊り子・薫」役は田中絹代が演じており、彼女の“目の演技”には印象深いものがありました。

技術では表せない人の喜怒哀楽

さてさて・・・です。2月26日夜(日本時間同27日)に行われた米映画界最大の祭典「第84回アカデミー賞」の授賞式で、フランス作品のモノクロ・サイレント映画「アーティスト」(ミシェル・アザナビシウス監督=2012年4月7日公開)が、作品賞、監督賞、主演男優賞など主要3部門を含む計5部門を獲得する快挙を達成しました。

競り合っていた3Dファンタジー「ヒューゴの不思議な発明」(マーティン・スコセッシ監督=同3月1日公開)も計5部門を受賞しましたが、こちらは撮影賞、視覚効果賞など技術系を評価され、主要賞獲得には至りませんでした。

明暗を描いた2作品の結果について思うことは、なぜモノクロ・サイレント映画が、いかにも今ふうの3D映画を凌いだのだろうか、ということではないでしょうか。

「アーティスト」は、1920年代から30年代にかけてのハリウッド、サイレントからトーキーへの移行期にあって、こういうときには必ず起きる新旧交代劇、サイレントのスターだったジョージ・バレンタイン(ジャン・デュジャルダン=主演男優賞)の盛衰、それにトーキー時代の到来でスターダムに駆け上がる新進女優をからませて描いています。

フランス人のアザナビシウス監督は、なぜ世界初のトーキーが出現した1927年のハリウッドに着目したのでしょうか。

サイレント映画は、無声ゆえに映像美や作品のクオリティなど、極めて高度だった(参考=ウィキペディア)と言われているそうですが、トーキーへの完全移行、さらに突き進んでCG(コンピューター・グラフィックス)や3Dの高度な技術パフォーマンスへの移行の中、映画の原点回帰、無声での演技こそが映画(あるいは俳優)の醍醐味ということを知らせたかったのではないでしょうか。

そんなことを思ったのは、サイレント版「伊豆の踊子」の中で田中“薫”絹代が見せた、喜怒哀楽を表す「七色の目」は、とてもとてもコンピューター・アートなどでは太刀打ちできないものだなァ、と感じたからでした。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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