秋深く・・・心も冷えた夜

10月末の夜は、さすがに風が冷たく、深まりつつある秋を感じさせました。

有楽町(東京・千代田区)の、最近にぎやかなガード下飲み屋街近くの焼き鳥店。店の入り口前に設置された即席テーブルを囲み、記者仲間と仕事を終えた後の、いつもなら楽しいはずの軽く一杯も、しかし、この日は会話は弾まず、心は冬! のありさまでした。

10月27日、JR有楽町駅前の東京国際フォーラムで行われた、プロボクシングWBC世界スーパーフェザー級タイトルマッチ(午後4時ゴング)を終えた後のひとときです。

仲間の記者が言いました。

〈あれはないよな。負けるにしても“負け方”というのがあるじゃないか。意地も見えず、この試合がどれだけ大切なものか、何も分かっていないんだよな〉

V4戦に臨んだ王者・粟生(あおう)隆寛(28=帝拳)の凡戦・・・4、8回に公開された採点はいずれも1-2で挑戦者ガマリアル・ディアス(31=メキシコ)の優勢。粟生はそれを最後まで挽回できず、終わって見れば2人のジャッジが112-114、1人のジャッジが111-115の0-3判定で、粟生にとっては、まるでいいところのない完敗となってしまいました。

もちろん、勝負はときの運、だし、ボクシングの試合などは、一発で何がどう変わるか、予測などつくものではないことも承知しています。だから、結果はさておくとしても、この試合がいかに大事なものか、何が何でも死にもの狂いで勝ちにいかなければならない、という気持ちが少しも伝わってこないことに、記者仲間たち(私も含みますが)は憤慨していました。

伝わらなかった勝利への執念

粟生にとってこの試合が、なぜ、単なる4度目の防衛戦、というだけではない、重要性を持つものなのでしょうか? それは「西岡以降」の重荷をこの帝拳の後輩が背負い、日本プロボクシング界の新エースとならなければならない“役割”があるからです。

西岡利晃(36=帝拳)が、WBC世界スーパーバンタム級王座を7度防衛してノニト・ドネア(フィリピン)戦にたどり着いたのは、まず、帝拳ジム率いる本田明彦会長の、世界的プロモーターとしての手腕があり、実現にこぎつけたセッティングに西岡が努力・精進で懸命に応えたことによるものでした。

その意味で西岡と帝拳ジムがやってのけたことは、単に西岡と帝拳ジムだけのものではなく、また、西岡が負けたからといって、それで終わってしまうものでもなく、後に続くもの、そこには粟生ら帝拳の世界王者勢、WBA世界スーパーフェザー級王者・内山高志(ワタナベ)もいるのですが、オレたちもチャンスが来れば世界の桧(ひのき)舞台でやってみたい、という、これまでの夢物語に可能性を持たせるレールを敷いたわけです。

粟生の敗戦に際して、控え室での本田会長は、珍しく声を荒げました。

〈ひどい状態で練習していたからね。結果は予想通りだけど、こんな内容ではもう、世界王者の資格はない!〉

ドネアも緊急来日してリングサイドで観戦する中、本田会長の胸中にはやはり、日本プロボクシング界の可能性を、粟生の試合に託したかったのではないでしょうか。その分、怒りも爆発的となった、と感じられました。

試合まで約12キロの過酷な減量があったといいます。試合では3回、偶然のバッティングで左眉部分をカット、粟生にとっては初経験の顔面流血アクシデントにペースを見失った、というマイナス材料も加わりました。

が、何が起きようと、何が何でも勝たなければならない試合、という強い気持ちがあったなら、あるいは困難を乗り越えられたかもしれません。

その気持ちが見られず、荒々しい右だけで攻めるディアスに最後まで押しまくられた末の敗北は、ただただ残念! でした。
スポンサーサイト
プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

最新記事
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ
最新コメント
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

アクセスランキング
ランクアップにご協力下さい
↓↓↓↓クリック↓↓↓↓
QRコード
QR