井岡一翔が“魅せる”べきもの

手元に一冊の古い取材ノートがあります。

そこには、1987年(昭62)10月19日付スポニチ本紙のボクシング面が、切り抜かれて貼られており、その記事の内容は、10月18日に大阪で行われたプロボクシングの試合、WBC世界ストロー級王座決定戦に臨んだ、当時18歳9カ月の井岡弘樹(グリーンツダ=現井岡ジム会長)が国内史上最年少で同級王座を奪取したことを報じているものです。

その当時、ボクシング担当を命ぜられていた私は、この試合も取材しており、WBCがこれまでのミニフライ級(最軽量級=リミット47・62キロ)を「ストロー(藁の意味)級」に改称して新設したクラスで井岡が初代王者となったこの快挙を、しかし「記者の目」で「・・・素直に快挙とは言えない・・・耳慣れない“ストロー級”という最軽量クラスを初代王者となった井岡がこれから、どう“市民権”を与えていくかが問題。その意味で井岡の責任は重い」と書きました。

というのも、ストロー級の前身であるミニフライ級は、1985年の東洋太平洋ボクシング連盟(OPBF)総会で新設が決まり、同連盟と日本がWBCに働きかけて世界承認に至った、といういきさつがあったからです。それに関する世間の批判は、あまりに軽量すぎて世界に選手がおらず、国が東洋圏中心となって公平を欠くのでは? というところにありました。

そうした中、井岡は同級王座を2度防衛、その後、階級を上げてWBA世界ライトフライ級王座も獲得、2階級制覇を達成しましたが、懸念されたストロー級にはレオ・ガメス(ベネズエラ)やリカルド・ロペス(メキシコ)、さらに日本の大橋秀行(現・大橋ジム会長=東日本ボクシング協会会長)ら、超軽量級のハードパンチャーが顔をそろえ、面白い最軽量級をファンにアピールしました。

新年へ夢をつなぐ試合が見たい!

ストロー級の名称は今、日本では「ミニマム級」に統一され、井岡弘樹の甥(おい)にあたる井岡一翔(23=井岡)が継承していることは周知のことです。ちなみに一翔は、父親の一法(井岡ジムのトレーナー)が弘樹の実兄という家族関係です。

その井岡一翔がいよいよ、大みそかの夜、叔父の弘樹同様に階級を上げ、2階級目となるライトフライ級王座を目指し、ホセ・ロドリゲス(メキシコ)とのWBA世界ライトフライ級王座決定戦に臨みます。

井岡にとっては、1階級上げる、という感覚よりは、昨年2月に国内最速記録となるプロ7戦目でWBC世界ミニマム級王座を獲得する以前まで戦っていた、古巣のライトフライ級に“復帰する”といった方が正解かもしれません。体格的(身長1メートル65)には当然、こちらのほうが楽でしょうし、減量にそれほど悩まなくて済む分、調整は順調のようだ、と大阪地区から伝えられています。

井岡の試合の魅力は、その激しさでしょうか。今年6月、WBA世界ミニマム級王者・八重樫東(大橋)とのWBC&WBA世界同級王座統一戦(井岡が判定勝ち)でも明らかですが、軽量級の選手が背負う“十字架”はやはり、軽量級らしからぬパンチ力の強さをアピールできるか、という魅せる要素にあるのではないかと思います。

万事承知の井岡は、激しく攻める姿勢、を自身に言い聞かせているそうです。

旧年から来るべき新年へ-。

新たな夢をつないでほしい! というのが、若きサラブレッドへの期待です。それはそのままこの日、東西で行われる計5試合の世界戦に臨む選手全員への期待でもあります。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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