休養中に身につけた幅の広さ

石川遼(24=CASIO)の復活劇は朗報だったですね。

台風の影響で不安定な天候となった8月最後の日曜日(28日)-。

プロゴルフの国内男子ツアー「RIZAP・KBCオーガスタ」(福岡県糸島市=芥屋GC)最終日は、降雨や雷雲接近などで途中、長時間の中断が入る、集中力の持続が難しいコンディションとなりました。

テレビ朝日が大会の中継を開始したのが午後1時55分。試合は午前11時43分から中断に入っており、石川の状況は、前半アウトを3バーディーで回り、通算15アンダーで首位の座を死守していたものの、後半インで10番(パー4)ボギーを叩き、続く11番(パー4)では、第1打を左に曲げて林の中に打ち込んでしまい、イヤな雰囲気で再開を待っている状態にありました。

約3時間の長い中断の後、午後2時41分にやっと再開。テレビの画面は、11番の石川の第2打地点を映し出し、それは雨に濡れて砂がドロドロとなったベアグラウンドからのショットを強いられており、優勝への“試練の1打”を思わせました。

観(み)ているこちらは「この第2打をミスして連続ボギーだとズルズルと・・・危ないな」の気持ちです。トラブルからの脱出を、3時間の中断の後の最初のショットに懸けることの難しさは、誰だって気持ちのいいものではないでしょう。

が、石川は、残り165ヤードをウエッジでしっかりと打ち込み、2オンに成功して大事な局面を無難にパーで乗り切ります。「なるほど。休養中にものごとを俯瞰して見る目を養ったのかな?」などを感じさせる落ち着きぶり。いい流れを手元に引き寄せたまま、終わってみれば後続に5打差をつける、第1日から首位を走る完全優勝を飾りました。

腰痛から復帰2戦目での完全優勝

2月に腰痛を悪化させ主戦場としている米ツアーからの離脱を余儀なくされました。プロゴルファーにとって腰痛は職業病のようなもの。石川のそれにも原因はさまざまあったでしょうが、米国のツアーを転戦するということは、広大な北米大陸を週ごとに大移動するということ。ゴルフのプレー以前に移動だけで心身にかかる負担は大きいものになるでしょうし、加えて練習、待ってはくれない試合、試合の日々・・・。

1987年に米女子ツアーの賞金女王に輝いた岡本綾子は、それ以前の85年に持病の腰痛を悪化させ、同年8月以降、休養を強いられましたが、自著「メモリアル・グリーン」でプロゴルファーと腰痛の関係をこう記述しています。

〈プロになるためには、自分のスイングをつくるため、それこそ何万回とボールを打たなければならないでしょう。(略)しかも、ツアーを戦っていれば、試合は毎週のように行われ、そのトーナメント地を旅して回るのだけでも肉体的な消耗度は相当なものになります。(略)ある程度キャリアを経たツアープロであれば、どこかに問題を抱えているといっても言いすぎではないはずです。その最も多い症例が腰痛です。(略)〉

岡本は“パパイヤ・インジェンクション”という特別な療法で腰痛を克服しましたが、同書で岡本は、腰痛治療でゴルフを離れたことが〈考える時間を与えてくれた〉と言い、また、ゴルフが出来るようになって〈手放しの幸福感を感じた〉とも言っています。

石川は、復帰初戦となった7月の「日本プロゴルフ選手権」で予選落ち。復帰2戦目での完全優勝は、ゴルフ漬けだった日々から離れた5カ月間で“何か”が見えてきたのかもしれませんね。それが幅を広げているのでしょう。

米国で活躍する松山英樹(24=LEXUS)から、11月24日に開幕する国・地域別対抗戦「W杯」(オーストラリア=キングストンヒースGC)のペアの相手として指名され、松山には「何とかあと3カ月で仕上げてくれ」と言われたそうです。

まずは腰痛を再発させないこと。そして、優勝争いをしているものにとっては、どうにもやり切れなかっただろう3時間もの中断を“味方につけてしまう”幅の広さを身につけたなら、これまで欠けていたたくましさがグンと増すことでしょう。

次が楽しみになりました。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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