難しいチーム戦をどう乗り切るか?

男子ゴルフの国・地域別対抗戦「ISPSハンダW杯」(オーストラリア・メルボルン=キングストンヒースGC)が始まりました。

松山英樹(24=LEXUS)と石川遼(25=CASIO)がコンビを組んだ日本チームの第1日(11月24日)は、1オーバーの73、首位に4打差の10位発進となりました。

この大会は、前身の「カナダカップ」(1953年=第1回大会)時代、日本で開催された(埼玉・霞ケ関CC)1957年の大会で中村寅吉&小野光一のペアが優勝。1967年の大会から「W杯」の名称となり、2002年の大会では丸山茂樹&伊沢利光のペアが優勝しています。

このとき、伊沢が指摘した「よほどペアが噛み合わないといいスコアが出ない」が、チーム戦主体のこの大会の難しさでしょう。

競技方法は過去、何度となく変更されていますが、今大会は、第1日と第3日が「フォアサム」(4人1組で同チームの2人が1つのボールを交互に打つ形式)、第2日と最終日が「フォアボール」(同チームの2人がそれぞれ自分のボールを打ち、ホールごとに良いほうのスコアを採用する形式)で行われています。

日本チームの戦いを報じたスポニチ本紙は、第1日の見出しを〈松山&遼 ため息のち息ピタリ〉としていました。6番(パー3)で第1打、石川がグリーンを外し、松山が第2打を寄せられず、3パットのダブルボギーとしてしまうなど、どうにも噛み合わずに前半アウトを〈ため息〉の3オーバーとしてしまいました。

しかし、後半インに入り、10番(パー4)のバーディーで一転、2人のリズムが合い始め、15番(パー3)、16番(パー4)の連続バーディーなど〈息ピタリ〉の2アンダー、トータル1オーバーとして希望をつなぎました。

カギを握る“リズムの合わせ方”

実際、第2日と最終日のベストスコア採用はともかく、第1日と第3日の「フォアボール」形式は、伊沢が指摘した通り、パートナーへの気遣いが大きく絡み、神経を遣う競技方法です。

〈苦闘の末の快挙だったなァ〉と思い出すのが2005年2月、南アフリカで開催された女子ゴルフの第1回W杯ですね。

この大会、日本からは宮里藍と北田瑠衣がベアを組んで出場、見事に優勝を飾りましたが、その内容は? といえば、まさに薄氷を踏む展開、感激と苦悩の涙が交錯した世界一でした。

最終日、宮里のプレーに、自分がやろうとしていることへの決断、自信と集中力がのぞかれ、その精神力の強さに驚かされたものでした。

しかし、一方、宮里の評価が高まれば高まるほど、不振で負担をかけ続け、気遣いが重かった北田の苦しみが推察され、心が痛むものとなりました。2人が勝ち取った栄光の裏で北田は帰国したとき「やっと日本に帰れました」と苦しい胸の内を吐き出したものでした。

ゴルフはもともと、1人のゲームです。英国の名コース設計家トム・シンプソンは「不運も過失も、喜びも悲しみも、プレーヤーは自身の胸だけで噛み締めなければならない」(摂津茂和著「不滅のゴルフ名言集」)と語っています。

今大会の第1日を終えた松山の胸中をスポニチ本紙はこう報じていました。

ミスして難しいショットを相手に打たせてはいけないと気を遣った

ゴルフの本質からは外れたチーム戦ですが、それも競技方法のひとつ、まあ、どこのチームも条件は同じなのですが、松山&石川ペアの関門は、再び「フォアボール」形式で戦わなくてはならない第3日(11月26日)となりそうです。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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