元世界王者・下田昭文の引退に思うこと

決断には、やはり、それなりに“向き合う勇気”がいったことと思います。

プロボクシング元WBA世界スーパーバンタム級王者・下田昭文(32=帝拳)の引退です。

下田は、2月21日の自身のオフィシャルブログで引退を表明。同日、所属する帝拳ジム(本田明彦会長=東京・新宿区神楽坂)も正式に発表しました。

下田のブログには〈ボクシング引退します! 大晦日(みそか)の試合終わってすぐに決めていました〉と書かれていました。

昨年12月31日夜、内山高志(ワタナベ)が、ジェスレル・コラレス(パナマ)との再戦で王座に挑戦した会場、東京・大田区総合体育館に浜田剛史氏(帝拳プロモーション代表)が暗い表情で姿を見せました。

浜田氏は同日午後、早い時間帯に岐阜で行われた下田の日本フェザー級王座挑戦(王者は林翔太=畑中)に帯同。下田の判定負け、という痛い出来事を抱えて東京に戻って来たのでした。

浜田氏が言いました。

〈ウ~ン、勝っていた試合だったんですよ・・・〉

速い動きで出入りし、効果的なストレート、接近してボディー、と下田が優勢に試合を進め、5回を終わった段階での採点は、2人のジャッジが49-46、1人が48-48と2-0で下田を支持していました。が、後半に林が反撃。7、8回と攻め、9回に逆転のダウンを奪い、下田の悔しい0-3判定負けとなりました。

下田に対しては、ちょっと風変わりな、帝拳らしくない、面白いボクサーだなァ、と思った出来事があります。

“手ェ出すの面倒くさい”の迷文句

2007年4月9日に日本スーパーバンタム級王者となり、同年8月4日の初防衛戦で無敗の挑戦者・塩谷悠(川島)に判定勝ちしたときです。

このころの下田の評価は、抜群の身体能力の持ち主、ノーガードのままステップワーク、ボディーワークでパンチをかわす「辰吉(丈一郎) 型」の天才、と高いものがありました。

しかし、この試合は、狙いすぎの左を含めて手数も少なく、気持ちも欠いて、反省しきりの内容となりました。

このときの試合後の下田のコメントが〈なんか、手ェ出すの面倒くさい、とか思っちゃって〉だったのです。

まあ、確かに観る側は、手ェ出せ! など簡単に言いますが、実際、8オンス(約227グラム)のグローブをつけて、10ラウンド、あるいは12ラウンド、手を出し続けることがいかに大変なことか。そのためにボクサーは日々、ハードな練習に取り組みます。

日課のロードワーク、筋力トレなどのほか、試合1~2カ月前からのスパーリングは、日本タイトル戦なら100ラウンド、世界タイトル戦なら150ラウンドが目安になります。

大変であっても、それが仕事であり、ボクサーはまず、手を出さなければ何ごとも始まりません。それを〈面倒くさい〉と言った下田の本音に、いい奴なんだなァ、と思わずこちらも笑いがこみ上げてしまったものでした。

ちなみに入門当初の下田は、練習嫌いの代表格だったそうです。

2011年1月31日に王者の李冽理(韓国=横浜光)を下してWBA世界スーパーバンタム級王座を獲得。初防衛戦に敗れて王座陥落。その後、2015年12月29日に続き、2度のにわたって日本タイトル戦に敗れたことは、元世界王者としてやはり、ケジメをつけなければ・・・という気持ちになったのでしょうね。

下田は、ブログで〈半端だった自分が初めてどんなにキツくても怖くても逃げ出さずにやり切りました〉と記述しています。

やはり、いい奴、なのです。

まだ32歳。ボクシングで覚えた“向き合う勇気”を第2の人生に生かしてもらいたいと思いますね。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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