映画「浮雲」を観て・・・

映画好きの友人O君に「久々にどうだい」と声をかけたところ「“午前十時・・・”で〈浮雲〉をやってるよ」ということで足を運びました。

過去の名画を全国展開で上映してくれている「午前十時の映画祭」は、映画ファンには人気のイベントですね。私が住む湘南エリアでは、神奈川県平塚市の「シネプレツクス平塚」で実施されています。

原作・林芙美子の「浮雲」は、脚本を水木洋子が手がけて映画化され、1955年(昭30)に製作・公開(成瀬巳喜男監督=東宝)されています。

ヒロインを演じた高峰秀子が、強烈な愛憎劇をとことん見せつけて堕(お)ちていく姿が話題となった映画でしたね。

映画の最後を、林芙美子が好んだという「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」の文字で締めくくった124分を観(み)終えて友人O君が「あ~あ、だよなァ」と溜息をつきました。

〈男も女も、あんな愛ってのがあるかなァ。何とも言いようがない、疲れる映画だよなァ〉

まったく・・・成瀬監督も、らしい、といえば、らしいのか、罪つくりな人ですね。

昭和21年-。

終戦直後の荒廃した日本に、外地から引き揚げてきた幸田“高峰秀子”ゆき子が降り立ち、富岡“森雅之”兼吾を訪ねるところから映画は始まります。

それよりさかのぼって戦時中の昭和18年、日本の占領下にあった南方(ベトナム方面を想定)で農林省の技師として働いていた富岡は、タイピストとして赴任してきたゆき子と、やがて愛し合うようになってしまいます。

戦争が終わり、引き揚げてきたゆき子は富岡の家を訪ね、そこで富岡の妻・邦子“中北千枝子”に出会います。富岡が妻帯者であることを、もちろん承知の上で関係を持ち、妻とは別れるという富岡の言葉を信じたゆき子でしたが、やはり顔を合わせ、加えて富岡の優柔不断な態度にも触れてゆき子は絶望的となり、そこから“苦しきことのみ多かりき”の失意の人生がスタートします。

“苦しきことのみ多かりき”の悲哀

戦後の混乱にあって、皆が生きていくのが精いっぱいの中、ゆき子は一人、バラックに住み、米兵のオンリーにもなり、その日を暮らします。

スクリーンの中の、そんな高峰秀子に感じたことは、女優・高峰秀子の演技でのものなのか、あるいは、高峰秀子という人が持つ本来のものなのか、それはわかりませんが、ちょっと近寄りがたい〈眼の冷たさ〉でした。

ヒトミの奥に青白い炎がのぞかれるような〈眼の冷たさ〉は、ゆき子ならそうならざるを得ないだろうし、それが“デコちゃん”の愛称で親しまれる、柔和な丸顔とは対照的な、様々な意味での強さを感じさせていました。

ゆき子と煮え切らない富岡とのズルズルとした関係。2人で出かけた伊香保温泉で向井“加東大介”清吉の若い妻・おせい“岡田茉莉子”とデキてしまう富岡。さらにゆき子と、かつて犯された義兄・伊庭“山形勲”杉夫との関係。向井がおせいを殺してしまう事件・・・。

まったく、友人のO君ならずとも、男と女っていったい何なんだ! とワケが分からなくなってしまうようなドロドロとした関係です。

ちなみに富岡は「すべて敗戦が悪いのだ」とつぶやいていました。まったく、情けネーなァ、ですね。

やがて・・・富岡の新任地・屋久島に同行したゆき子は、旅の途中で体を壊し、屋久島に到着早々、富岡の留守中に吐血して死んでしまいます。

あの〈冷たい眼〉をやっと閉じることができたゆき子。その唇に口紅を塗り、死化粧を施す富岡。富岡がここで流す涙は、いったい何に? だったのでしょうか。

優柔不断な男の身勝手に翻弄される女の悲しさ-男のエゴと女の愛が生々しくぶつかる展開は、東宝(豊田四郎監督)と松竹(大場秀雄監督)でそれぞ映画化された川端康成原作の「雪国」や松竹(吉田喜重監督)の「秋津温泉」などに見られますが、この「浮雲」は究極的? とでもいえるのでしょうかね~。

映画館を出てしばらく、重く暗い気持ちは晴れない状況・・・春近しの気候もこの日は三寒四温で寒さぶり返しの日。

どうにも身も心も寒い日となってしまいました。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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