「出る以上は」と新横綱の矜持

“武士は相見互い”とはいえ、土俵上の勝負、手を抜くわけにはいきません。

大相撲春場所の熱戦-。

13日目(3月24日)に先輩横綱の日馬富士(伊勢ケ浜)が、持ち前の速攻勝負で新横綱の稀勢の里(田子ノ浦)を寄り倒し、初黒星を喫した稀勢の里は、土俵下に倒れた際、左肩周辺を痛めました。

休場も心配された中、左肩から同上腕部にかけて痛々しくテーピングした稀勢の里は、14日目(3月25日)の土俵に上がり、強行出場の甲斐なく何もできず、横綱・鶴竜(井筒)に寄り切られ2連敗となりました。

「稀勢の里、大丈夫かな?」と気にかけながらも「勝負事なんでね」と13日目の日馬富士。「(稀勢の里は)力が抜けていた。こんなやりづらいものはないですね」と14日目の鶴竜。抵抗のない手負いの新横綱を寄り切った際、再び土俵下に転落しないよう、手を差し伸べて支えてやることが、鶴竜の精いっぱいの“武士の情け”だったかもしれません。

大相撲の取材に当たっているスポニチ本紙の担当記者は、負傷の個所や負傷の度合いは、一切公表されていないが、稀勢の里らしくない内容が、負傷の深刻さを示している、と報じていました。

13日目の日馬富士戦で左肩周辺を痛めたとき、稀勢の里の痛がりようには、ただならぬものが感じられました。

激痛を超える精神力の強さ

14日目の強行出場は、一夜明けても残る相当な痛みをこらえてのものだろう、と思われますが、体の痛みに対するプロの受け止め方を考えるとき、私はいつも、プロボクシングの元世界王者・浜田剛史氏(帝拳プロモーション代表)の並外れた精神力を思い浮かべてしまいます。

浜田氏は現役時代、その強打ゆえに左コブシを痛めてしまう悩みを常に抱えていましたが、新たな痛みが、今度は右ひざを襲い、診断された「右ひざ関節半月板損傷」は、半ば持病のようにもなっていました。

その損傷に対して浜田氏は、これは浜田氏を語るうえで欠かせないエピソードにもなっていますが、実に麻酔なしで手術を敢行してしまったのです。

世界王座を奪ったレネ・アルレドンド(メキシコ)とのタイトルマッチが行われる3カ月前のこと。右ひざの状態が思わしくない浜田氏は、ひざを切開して関節鏡を入れ、半月板の損傷状態をチェックする検査を行いました。

そのとき施した下半身麻酔は、あくまで検査用のもので有効時間に制限がありましたが、検査の結果を確認した浜田氏は、医師が後日に手術を、と言うのを聞かず、今、このまま手術をしてくれ、と懇願します。そして強行。検査用の麻酔は、手術の途中で完全に切れ、しかし、浜田氏は、額に脂汗を浮かべたものの、一言も声を出さなかった、というのです。

現役を去った浜田氏の体は、今でも痛みが慢性的になっているそうですが、本人は、痛みがあるのがボクの体と思っていますから、痛いのが普通です、と凄いことを平気な顔で口にしています。

強靭な精神力というものは、そういうことを生み出すものなのですね。

今、稀勢の里を支えるものは〈綱の自覚と責任〉なのでしょうし、それが、あるいは麻酔なしで行う手術クラスかもしれない痛みを超えさせているのでしょう。

としても・・・もう、初日からの12連勝で稀勢の里の熱い心は周知のことなのですから、ムリすることで負傷を長引かせないよう、観(み)る側はそれを願うばかりですね。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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