JLPGA新会長への期待

画期的なバトンタッチ、新旧交代となりました。このほど行われた日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)の総会で樋口久子会長(65)の定年退任に伴う新会長に小林浩美理事(47)が選出された出来ごとです。

小林新体制は来年2月からスタートしますが、若い新会長には、宮里藍がプロ転向した03年秋以降、藍ちゃん効果で続々と有望若手選手が追随し、勢いを取り戻したツアー界をさらにどう進化させるか、の手腕が期待されることになりそうです。

樋口体制が発足した1997年以降のツアー界は、ある意味、厳しい“冬の時代”だったかもしれません。

観客の減少、テレビ離れ、それに伴う大会を支えるスポンサーの撤退など、不安が常につきまとう中、樋口会長は組織の改編を打ち出し、TPD(トーナメント・プレイヤーズ・ディビジョン)とGBD(ゴルフ・ビジネス・ディビジョン)を分離、それぞれの部門が時代のニーズに専門的に対応できる組織をつくりました。有望な若手が門戸拡大によりトーナメントに出易くなったのもその効果の一つで、宮里が本格参戦した04年以降、ツアー界が隆盛を取り戻したのは、間違いなく樋口会長の功績だったと言えるのではないでしょうか。

新会長に就任した小林浩美さんが、プロテストに合格したのは1984年秋のことでした。私は当時、このプロテストの取材に当たっており、小林プロの誕生は良く覚えています。4度目のチャレンジでようやく合格した、この福島県立磐城女子高卒のソフトボール選手は「岡本綾子二世」として新聞でも大きく取り上げたものでした。

現役時代の小林プロは、身長1メートル70の女子としては大柄な選手、明るくキャハハッという笑い声が絶えない人でした。あまり小さなことにはこだわらない、という印象を周囲に与えていましたが、オヤッ? と思ったのは、スイング改造を断行したときでした。

危険でも前進策に取り組む大胆さ

プロ入り後、国内ツアーで活躍していた小林プロが、米国に渡ったのは1990年のシーズンからです。USLPGAツアーでは93年に「JALビッグアップル・クラシック」で初優勝を飾りました。渡米から4年目の初優勝という遅さでしたが、勝てなかったのは、スイング改造に取り組んでいたから、といいます。

背の高さもあり、国内ではどちらかというとフラットなスイングでやっていましたが、米国ではやはり、芝の関係もあり、フラットでは対応できないと考えたのでしょうが、米国に来てそんな危険に思い切り取り組んでしまうところが大胆な小林らしさ、なかなか他人にはマネの出来ないことです。

一方、渡米当初は、各地への移動を含めて手配をすべて同行のマネジャー任せでした。が、米国に常駐して戦うにはまず、言葉はもちろんのこと、日常生活を自分で出来るようになって、あるいはツアー仲間と対等に付き合えるようになって、初めて試合にも平常心で臨めるようになる、ということを岡本綾子のアドバイスで知ります。

以後、小林は航空機の手配など即実行、面倒でもすべて自分でやるようになります。普通に出来るようになったとき・・・それが海外5勝の原動力となったかもしれません。

米女子ツアーとは連動する国内ツアーにあって、韓国勢の台頭などグローバル化はこれから、どんどん進んでいくことでしょう。今、寸時の停滞も許されない中、海外経験豊富な47歳の若い力には期待が持てそう、と私は見ています。

苦境にあっても、キャハハッと笑って、持ち前の明るさで乗り切ってしまう力、前に前に・・・が彼女にはある、と思うからです。

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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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