ロマンチックな七夕行事の中で・・・

私が住む藤沢市(神奈川県)のJR東海道線「藤沢」駅から小田原方面に下って3駅目が「平塚」駅です。

この時期の平塚市は、毎年〈七夕祭り〉でにぎわいます。同市が開催する今年の「第67回湘南ひらつか七夕まつり」は、7月7日から3日間にわたって行われ、またまた若い女性たちの浴衣(ゆかた)姿が街中にあふれることになります。

ちなみに平塚市の七夕祭りは、宮城県仙台市、愛知県安城市(他地区にも候補はあるよあですが・・・)と並んで〈日本の3大七夕祭り〉とされており、1951年(昭26)から始まって今年で第67回を迎える「湘南ひらつか七夕まつり」は、実行委員会が公表している過去の人出によると、1993年(平5)の第43回では、延べ361万人を数えた、とありました。

凄い人出、まったく大にぎわいですね。

七夕行事の由来は、もともと織物の上達を願う中国の宮廷行事「乞巧奠(きっこうでん)」を起源としている、と資料にあります。

宮廷夫人たちが7月7日の夜、祭壇に針を捧げ、庭にはムシロを敷いて酒、さかな、果物などを並べ、星を眺めながら、機(はた)織りの上手な「織女星」に織物など針仕事、手作業が上手になるように祈ったのですね。

よく知られている織姫&牽牛の〈七夕伝説〉は、機織りに牛飼いに、ともに働き者だった2人が、結婚して夫婦になったとたんに楽しい生活のほうが先になり、仕事が後回しになってしまったことに腹を立てた“天の神”が2人を分けてしまい、会うのは年に一度だけだぞ、という厳しい仕打ちを受けた、という悲しみのストーリーとなっています。

背景に、年に一度だけの逢瀬となってしまったことを悲しむより、年に一度会えることを励みに、楽しみに、それまでは以前にも増して日々の仕事に精を出そうではないか、という教訓も隠されているようです。

年に一度のデートなんか耐えられな~い!

まあ、夏の夜空の星を見上げながら、恋人同士が「あれが『織女星』(こと座のベガ星)でこっちが『牽牛星』(わし座のアルタイル星)かな。近づけるといいね」などの語らいにはピッタリのロマンチックな七夕行事ですが、しかし、今どき、そんなことを言っている情勢ではないようです。

なにしろ、七夕祭りを機に花火大会のときなど、街中に増える若い女性の浴衣姿は、もはや私たちの年代層、旧世代の常識を超えています。

着物好きの私の常識としては、そもそも浴衣などというものは、その名の通り、入浴後の汗取り、風呂上がりのくつろぎ着と位置づけられており、家の近隣での夕涼みならともかく、浴衣姿で電車に乗って遠出などありえない、というのが最初にあります。

ですから、女性が浴衣姿で遠出するなら、せめて半襟をつけた夏着物ふうに着こなしてもらいたいなァ、と思いますが、浴衣が夏のファッションとして一人歩きしている今、そんな意見は、まったくもう、通用しないようです。

私は以前、浴衣の片方の衿、もっと極端に両方の衿を肩までずらして胸元を開けて、こともあろうに帯を前で締めた女性に会ってしまったのです。

実に今の世の中、浴衣を花魁(おいらん)ふうに着せてほしい、という注文に応じる着付けどころがあるのだそうですが、まあ、営業を妨害するわけではありませんが、店の方々も、お嬢さん、それはちょっとやめたほうが・・・とアドバイスすることも必要ではないのかな? と思ってしまいます。

そうした浴衣ファッションを楽しむ彼女たちは、織物や針仕事の上達を願う七夕祭りをどう受け止めていることでしょうか。

「織女星」と「牽牛星」の年に一度だけの逢瀬など「それって超遠距離恋愛じゃん」「そんなのマジ、耐えられない」と一笑に付されるだけでしょうね。

何しろ昨今、会社の人事異動に伴う転勤さえ、それが単身赴任を強いられるならなおさら、誰もが従順に受諾するとは限らない時代なのですから・・・ね。

まあ、折からの梅雨空の中、こんな地球を見下ろす、健気(けなげ)な2つの星の涙雨で曇ってしまわないことを願うばかりです。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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