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最大の敵は“重圧”だった

王者の戦意喪失でケリがつくとは・・・“まさか”の結末でした。

10月22日夜-。東京・両国国技館で開催されたプロボクシングWBA世界ミドル級タイトルマッチ、王者アッサム・エンダム(33=フランス)に挑んだ村田諒太(31=帝拳 )の快挙、7回終了TKO勝利です。

この仕事を終えて私が帰宅したのは10月23日午前1時近くとなりました。超大型台風21号の首都圏直撃により、私が住む藤沢市(神奈川県)もこの時刻、土砂降りの雨。未明にかけて次第に強風が吹き荒れ始めました。

グッタリなのになかなか眠れなかったのは、風雨の強い音のせいばかりではなく、やはり村田の歴史的勝利による興奮がさめずに尾を引いていたからだったかもしれません。

会場を埋めた8500人観衆(主催者発表)はその瞬間、総立ちとなりました。大歓声! 飛び交うムラタ・コール。リング上の村田は、チャンピオン・ベルトを腰に巻き、両拳を突き上げて歓喜の表情、こみ上げるものを抑え切れずにいました。

リング下からそれを見上げる帝拳代表の浜田剛史氏(元世界王者)が言いました。

〈今回の最大の敵は“プレッシャー”だった。本当によく乗り越えた。敬意を表したい〉

2012年ロンドン五輪ボクシング(ミドル級)金メダリストの勲章を背負ってプロ入りした村田を浜田氏は、2013年8月のプロデビュー戦から「勝たせるために」見守ってきました。

それを通して浜田氏は、村田という男をこう分析します。

〈村田は、ひと言で言うと“ボクシングおたく”ですね。相手のいいところ、悪いところ、自分のいいところ、悪いところまでも、徹底して研究・分析、常に考えているタイプです。そうして戦う自分を第三者の目で見ている自分がいる。だからプレッシャーがかかる場面でも、ああ、プレッシャーがかかっているオレがいるな、と第三者の目で見ることができるから、それを楽しんでしまうところがありますね〉

王者を戦意喪失に追い込んだ怒涛の攻め

そういう村田が、今度ばかりはプレッシャーに悩まされました。

初戦、不可解な判定で敗れ、実際は勝っていた、だから再戦では勝って当然、との見方が周囲にふくれあがりました。

「勝って当然」などという試合などあるわけがないと村田。重圧が練習でもいい日、悪い日、と波をつくり、安定感がなかった、と浜田氏は振り返っていました。

試合の2日前、10月20日に行われた調印式でも、村田が契約を交わす「トップランク」社の大物プロモーター、ボブ・アラム氏が、左隣にエンダムが列席しながら、村田に「今回勝てば来年はアメリカでの試合を組む」などと公言。村田にしてみれば、負けるわけにはいかない、重圧にまた重圧が重なる厳しい状況だったと思います。

試合は、エンダムのほうが戦い方を変えて接近戦で打ち合う構えを見せましたが、パンチが当たらず、途中、打ち合うか、足を使って動くか「迷いを生じていた」(浜田氏)ようです。

村田はガードを固めて前進、右を叩き込む、いつも通りの戦い方。初戦の反省を生かして手数も出て、迷いなどありません。

その差が勝負を分けたと言えるでしょうか。今日は何をやってもダメ、とばかり、王者が試合を投げてしまいました。

世界のミドル級は、先にゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)vsサウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)のスーパーマッチ、統一世界ミドル級タイトルマッチ(王者ゴロフキンのドロー防衛)が注目を浴びたばかり。新王者になった村田が、次はどんな防衛戦を行うことになるのか、そちらのほうに興味が移ります。

さて・・・ひとつの夢を成し遂げた村田は、その夢を広げられるでしょうか。

その動向から目が離せません。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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