村田にビッグマッチ構想が浮上

この世界に身を置くと、やはり、老け込んでしまうわけにはいかないのでしょうね。

4月13日午後、プロボクシングWBA世界ミドル級王者・村田諒太(32=帝拳)の初防衛戦などが行われるダブル世界戦(4月15日=神奈川・横浜アリーナ)の調印式が都内のホテルで開かれ、席上、もっとも存在感を示していたのが、最前列のど真ん中に座ったボブ・アラム氏でした。

1931年12月8日生まれの86歳。米大手興行会社「トップランク社」のCEOで凄腕プロモーターのアラム氏は、赤ら顔に笑顔を絶やさず、トシを感じさせずにしっかりとやるべき仕事をしていました。

調印式、記者会見の後、報道陣の囲み取材に応じたアラム氏は、村田vs3団体統一世界ミドル級王者ゲンナジー・ゴロフキン(36=カザフスタン)の東京ドーム決戦、という新聞の記事と見出しにこと欠かない構想をぶち上げてくれました。

まあ、この世界、ボクシングに限らず格闘技を含めて、ファンの注目はマッチメークであり、それがプランであっても〈この試合に勝てば・・・〉という条件付きで次、あるいは近い将来に関して“言ったもの勝ち”が許される傾向があります。

記者も、特にスポーツ新聞の記者は、そのあたりは十分に承知しており、試合前、勝利を条件とした“飛ばし記事”がモノにできるかどうか、虎視眈々と照準を合わせにかかります。

今冬にもゴロフキンと東京ドーム決戦?

が、それを村田と契約するプロモーター自身が口にしてくれれば、記者は苦労せずに食いつくことができ、言うことありません。アラム氏は、何をぶち上げれば記者が喜ぶか、サービス精神が旺盛な人なのですね。

さて・・・アラム氏が口にした村田vsゴロフキン構想は、村田の勝利を条件に今冬にも東京ドームで実現させたい、というものです。

村田は、目の前の初防衛戦をクリアすれば、先に米ラスベガス(ネバダ州)を拠点とするエンターテインメント企業「MGMリゾーツ・インターナショナル」と日本人として初めてスポンサー契約を交わしたともあり、2度目の防衛戦はラスベガス進出が濃厚となっています。

ここへ来てゴロフキンの名が挙がったのは、対戦を予定していたサウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)との再戦が、カネロの薬物違反により中止され、今後の予定が現段階で未定、流動的になったこともあったのでしょう。

まあ、勝ち続ければ、いずれはゴロフキンとの夢対決も実現の方向に向かうのでしょうが、今冬という早い時期に実現するなら、ファン垂涎のマッチメークでもあり、これは凄いこと、と言わざるを得ないでしょう。

そういえばこのプラン、村田がアッサン・エンダム(フランス)との再戦で王座を獲得したときにアラム氏は、海外メディアに東京ドームでの対ゴロフキン戦構想を明かしています。よほど東京ドームが好きなのでしょうかね。

という流れから、あながち日本人メディアへのリップサービスと決めつけられないところもあり、村田が勝利を続ければ、驚きの出来事が起きそうな気配です。

ちなみに東京ドームでのボクシング開催は、1988年3月21日と1990年2月11日の2度、当時最強を誇った3団体統一ヘビー級王者マイク・タイソン(米国)が防衛戦を行っています。

いずれにしても村田がまず、今回の初防衛戦に勝つことこそが、ビッグ構想が実現へと向かうスタート地点になります。

〈追記=4月14日午後4時10分〉

決戦前日の4月14日に都内のホテルで行われた前日計量でWBC世界フライ級王者・比嘉大吾(22=白井・具志堅)が、減量苦の中、フライ級リミットの50・80キロを900グラム超過し王座を剥奪されました。

国内の世界戦で日本人選手が体重超過した例は過去になく、異例の出来事となりました。

これによりタイトルは空位となり、試合が成立して比嘉が出場した場合、比嘉が勝てば空位、挑戦者のクリストファー・ロサレス(ニカラグア)が勝てば新王者となります。

比嘉には期待が懸かっていた分、残念な結果となりました。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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