「大川小の悲劇」に思う

新聞やテレビが大きく報じた出来事~「自然災害への対応の仕方」~により、この問題が、これまでより、さらに詳細に具体的に求められる世の中になったことを、改めて考えさせられました。

2011年(平23)3月11日に発生した東日本大震災の津波で宮城県石巻市立大川小学校の児童74人が死亡(70人)行方不明(4人)となり、10人の教職員も犠牲となった“大川小の悲劇”です。

犠牲となった児童23人の遺族が、市と宮城県に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が4月26日、仙台高裁で言い渡され、2016年10月の1審(仙台地裁)判決は、津波襲来の約7分前に市広報車が避難を呼びかけた時点で教員は、具体的な津波の危険を予知できた、と〈個の判断ミス〉に言及しましたが、控訴審での判決は、学校側や行政の防災体制に不備があった、と〈全体の過失〉を指摘するものに大きく方向転換されました。

「3・11」以降、防災への意識は高まり、さらに近い将来の発生が予測される大規模地震への備えの重要性は、私たちの周辺でも、行政が定期的に各家庭に配布する、居住エリアの防災マップ、津波ハザードマップ、などに表れ、意識の向上を呼びかけています。

そうした資料によると、例えば私が住む藤沢市(神奈川県)が、マグニチュード7・9の南関東地震に見舞われた場合、津波の第一波到着時間は10分以内、最大波到着時間は23分、と記されています。

事前防災の怠りが・・・

さらに防災マップには、避難施設一覧表、水害避難所、津波避難ビル一覧表、などが記されています。

随時、行われる居住者の防災のための懇談会などに招かれる市の担当者は、津波の場合は、ただひたすら逃げるしかない、何が何でも逃げて下さい、と繰り返します。

どこにどう逃げるかは、個の判断ですが、津波ハザードマップに塗りつぶされた危険区域は分かっても、では実際、どこまで逃げたら安全か、という目安は記されていません。

もちろん、津波の状況によってそれは異なり、どこからどう襲来するかの予測も難しく、そこまで要求することは無理、かもしれず、この種の予知の難しさを背景に、市にしても“そこまでは・・・”が正直なところかもしれませんが、しかし、今回の出来事に対する司法の判断は、ある意味、学校側や行政にそこまでを求めているのです。

つまり、学校は北上川と約200メートルの距離にあり、津波が堤防を破壊したときの被害を予見することは十分可能だった、とし、それをもとにした危機管理マニュアルの改訂などを怠った、避難場所が定められていれば回避できた、とバラバラの“個の判断”より、統制の取れた“全体(組織的)の誘導”が欠けていた、ことを指摘しているのです。

そうした今回の判決は、県側、市側にとって、厳しいものになったことと思います。

が、結局、自然災害への備えというものは、起きたときに何かできるか、という、混乱の中でも行えるような日ごろの訓練が欠かせないのだな、とつくづく思います。

そして、こうした場合、個の判断も、全体の誘導も、両面とも必要だろうし、、マニュアルだけで固めてしまっては? とも思います。

が、言えることは、みくびっていては痛い目に遭う、ということなのでしょうね。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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