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また常識を破った平成世代

着眼はやはり、このところ若手が台頭するたびに感じる「経験と勢いはどちらが強いか」ということでした。2月11日夜、神戸ワールド記念ホールで行われたプロボクシングのWBC世界ミニマム級タイトルマッチです。
ボクシング
王者のオーレドン・シッサマーチャイ(タイ)は、25歳ながら40戦無敗(39勝1分け)の戦績を持ち、これが7度目の防衛戦という歴戦の勇士。その壁に挑んだのは、プロわずか7戦目、勝てば最速世界王座奪取の日本記録を更新する井岡一翔(21=井岡)でした。

井岡がいかにWBC世界ミニマム級初代王者で2階級制覇を達成した井岡弘樹(42)を叔父に持つサラブレッドであっても、アマチュアで高校6冠を達成した優れたキャリアの持ち主であっても、プロ7戦目の世界戦の舞台で「苦戦は免れないだろう」というのが、どう考えても常識的な見方だったでしょう。

試合はオーレドンのサウスポーの右、井岡の左、とジャブの突き合いで始まりました。いわゆる“探り針”という形。ミニマム級など軽量級の試合は、概して速いパンチの出し合いで軽快に始まるものですが、足を使わずに様子をうかがう王者オーレドンに対し、井岡に感じた“おやっ?”という部分は、意外な落ち着き方、だったでしょうか。つまり、プロ7戦目で世界戦の舞台とは思えない“冷静さ”がそこにありました。

井岡は2回、相手が出てくるところに左フックを決めてダウンを奪います。先手を取って優位に立ちながらも4回終了時に公開された採点は、2人のジャッジが38-37、40-35で井岡、1人のジャッジが38-37でオーレドンと、いずれも小差の接戦を示していました。

どちらが王者か分からない井岡の落ち着き

が、井岡はそれにも動揺する気配はなく、落ち着き払っています。そして5回を迎えました。

あの左ボディープローは確かに凄いものでした。4回の公開採点に勇気づけられたのはむしろ、ダウンを喫しながら、さほどポイントに差をつけられていなかったオーレドンの方でこの回、前進して積極的にパンチを繰り出してきました。

そんな中での一瞬の攻防です。オーレドンが右フックを放ち、空いた腹部に井岡の左が突き刺さりました。一瞬間を置いて倒れる王者。仰向けの悶絶状態は、見ているこちらも苦痛を感じてしまうほどの壮絶なTKO劇となりました。

実はこの世界、古くから「ボディーで倒れるのは恥」などと言われていました。なぜかはよく分かりませんが、顔へのパンチなら、瞬間的な脳震盪(とう)で記憶も飛ぶから仕方ないだろう、が、腹部は我慢の問題、頭がしっかりしている分、痛みに耐える根性が問われる問題となる、からでしょうか。

イチにみぞおち、ニに肝臓(右脇腹)、サンに膵(すい)臓(左脇腹)、と言われます。腹部の急所と痛さの順番です。我慢の問題だ、根性の問題だ、などと言われても、ここをピンポイントで打たれたときの苦痛は、筆舌に尽くしがたいものがあるようです。

ボディーブローによる悶絶状態は、後半に多いとも言われます。つまり、腹部は基本的に、息を吐くときに固くなり、吸うときに柔らかくなりますが、後半戦となって呼吸が荒くなり、ふと乱れて、吸ったときにパンチをもらおうものなら絶望的な状態になってしまいます。

と、考えたとき、まだ前半戦で元気がある5回にボディーブロー、相手にとっては屈辱の一撃で勝負を決めた井岡はやはり、非凡だったと言えるのでしょうか。逆に言うなら、プロ41戦目で初黒星のオーレドンは、やってはいけないこの悶絶負けを、これからの自分のキャリアに加えなければならない悔しさを味わわされた敗戦となりました。

井岡一翔、1989年(平成元年)3月24日生まれ。この日、平成世代が確かに「勢いが経験を封じた」試合を見せつけました。





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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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