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ラグビーという競技の内と外

まだまだ先の話だろ、とのんびり構えていたら、とんでもないことですね、もう1カ月後に迫っていました。

ラグビーの「W杯(ワールドカップ)2019~日本大会」です。

1987年にニュージーランド&オーストラリアの共催で第1回大会が行われ、以後、オリンピック同様、4年に1度の開催で今年が第9回大会。過去8大会、すべてプール(予選グループ)敗退に終わり、このジャンルでは世界の後塵を拝している日本代表が、念願の自国開催にこぎつけ、これまでとは違う戦いを見せようとしているようです。

昔の話…まだ私がスポニチ本紙の運動部記者だったころ、このラグビー取材に関しては結構、痛い目に遭わされたことを思い出します。

毎年1月15日が「成人の日」だった時代。ラグビーの大学選手権は、この日に行われていました。早大vs明大などの人気チームが激突しようものなら、晴れ着が目立つ会場は超満員に膨れ上がり、このころの“不思議な”ラグビー人気を受けて、スポーツ新聞各紙も1面から3面まで、3ページを大々的に割(さ)いて、それこそラグビーづくしの新聞をつくっていたものでした。

試合後、紙面の決まりものとして両チーム30人の一言コメントを掲載します。記者側は主だった選手は顔でわかるものの、全員までは把握できず、迅速性という意味でも背番号ですぐ名前がわかるようジャージーを着ていてくれと各校にお願いするのですが、選手たちは言うことを聞いてくれず、非協力的にサッサと脱いでしまうのが常でした。

立て続けに不祥事を起こしたときもあった

私が“不思議な”と前述したのは、こうした行為に彼らの慢心がのぞき、ラグビーの持つスピリットを忘れてしまっているのではないか、と思ったこと。また勝利した彼ら大学チームは、その後の日本選手権で社会人チームに必ず負ける不思議からでした。

日本にラグビーという競技がもたらされたのは1890年、慶大に持ち込まれたのが初めでした。指導者は「常に紳士的であり、人格の陶冶(とうや)に重点を置くこと」をまず説いた、と資料にありました。

歴史をたどれば、近代ラグビーは、英国の貴族階級が形成、ケンブリッジ大vsオックスフォード大に代表される名門エリート校の対抗戦などが普及発展に大きく貢献しています。

このあたりは貧しい層から始まったサッカーと成り立ちを大きく異にしています。

しかし、2005年から2007年にかけて日本ラグビー界は不祥事の連発で世間のひんしゅくを買った時期がありました。

日本代表の外国人選手が深夜の六本木で暴れまくり(逮捕)、また大学ラグビー部員による計画的な女子大生へのわいせつ行為(逮捕)、他にも大学ラグビー部員が大麻取締法違反で逮捕された事件なとなど…が頻発しました。

なぜラグビー部員がこうまで荒れるのか? の疑問に私はすぐ、ジャージーを脱いでしまう彼らの非協力性、言い換えれば“特権意識”を思い出し、彼らを取り巻く環境の甘さ、そこに慢心を生む土壌が出来上がり、仲間内での悪ふざけが社会でも通用しないわけがない、という勘違いを生んでしまっているのではないか、とラガーメンの立て続けの乱行に確か当時、そういった論調の厳しいコラムを書いたことがありました。

そうした不祥事などもう、絶対にあってはならないことです。何しろ日本代表は自国で日本ラグビーの誇りを懸けてW杯を戦うのですから。

7月下旬から8月中旬にかけて行われた「PNC(パシフィックネーションズ杯)」でも日本代表は、フィジー戦、トンガ戦、そして米国戦に勝ち気勢を上げています。これまでとはひと味違う日本のラグビー…。

私がこのラグビーに臨むことは、まずこの競技の根幹である「敢闘」「献身」そして「フェアプレー精神」です。ラガーメンは、その誇りをしっかり身につけ、どこにいても持っていてほしいと思います。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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