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なぜこんなに“熱い”のだろう

その勢いから“4強入りも…”の期待も沸いてきた日本代表でしたが、やはり、決勝トーナメント、世界の強豪国の壁は厚く完敗、力尽きました。

10月20日夜(午後7時15分キックオフ=東京・味の素スタジアム)に行われたラグビーのW杯(ワールドカップ)準々決勝戦、日本vs南アフリカの激闘です。

日本代表は、前半を終えてPGの3点のみ。しかし、南アフリカも1トライの5点のみ。この僅差が南アフリカを怒らせ、本気にさせてしまったのでしょうか。過去2度の優勝、前回2015年大会3位のプライド。後半の猛攻で日本を蹴散らし、終わってみれば26-3の勝利となりました。

とはいえ…史上初の8強入りを果たしたラグビー日本代表は、自国開催のこの大会で様々なものを残してくれました。

W杯には1983年の第1回大会から参加しているものの、過去8回、勝利はわずか「4」(第7回大会までは「1」)で実績のない日本のラグビーには、期待がないのが普通でした。

今回も善戦どまり、あるいは予選(1次)リーグ全敗では? という“あきらめ”を持っていた方々も多かったと思いますが、勝った! また勝った! の快進撃(予選リーグ負けなしの4勝)が、次第に熱狂につながっていきました。

こうして“日本のラグビーって強いじゃないか”と人々を振り向かせると、試合での勝ち負けでなく、ラグビーという競技が持つ“スピリット”もまた、凄ェ~な! と称えられることになります。

あれほど激しくぶつかりながら、体のそこかしこを痛めながら、身を挺してボールをつなぎながら、試合が終われば“恨みっこ”なしのノーサイド精神、お互い敢闘精神をハグで称え合います。

その起源をたどれば、英国の貴族階級が近代ラグビーの形をつくり上げ、オックスフォード、ケンブリッジなど名門エリート大学が、対抗戦などでその魅力を広めています。

被災地にもノーサイド精神があった

恵まれない環境から一攫千金を目論むプロとしてのドリームがサッカーにあるなら、ラグビーが目指すものは、その対極にあるアマチュアリズムでしょうか。

ちなみに…文献には1899年(明治32年)、慶大の英語教師E・B・クラークとケンブリッジ大から帰朝したばかりの田中銀之助が、慶大生にラグビーを教え、それが日本にラグビーが持ち込まれた最初だった、とありました。

そのときの田中の教えとして、こんな言葉が記載されています。

〈ことにラグビーは男性的強烈な競技であるので、常に紳士的であり、人格の陶冶(とうや)に重点を置くこと。見世物的気分に陥ることの無きよう

日本のラグビー史を振り返れば、そうした優れた教えにそむくようなことも以前の一時期、ありましたが、今回、日本代表の活躍を見るにつけ、例えば試合後、観客に向けて応援感謝の挨拶を欠かさないことなど、この“お辞儀”の習慣は海外のチームにも伝染し、日本がお手本になった形ともなりました。

試合開始前、台風19号の被災者に対する黙祷も国籍を超えて行われ、私自身、これは! と思わず胸が熱くなった出来事は、カナダ代表が台風で甚大な被害をこうむった岩手・釜石市の泥掃除などを行っていることが報じられたことでした。

10月13日に予定されていた1次リーグB組最終戦、カナダvsナミビア戦が台風19号の影響で中止になり、カナダは戦わずして最下位となってしまいました。

無念の気持ちは気持ちとして滞在中、釜石市にはお世話になった、とそれぞれがスコップやバケツ、ポリ袋を手にして泥をかき出しました。テレビの画面に映し出された、感謝の涙を流す高齢者の女性…。途方に暮れる住民には、どれほど心強い、屈強な男たちの助っ人だったでしょうか。

ノーサイドの精神とは、こういうことか、と改めて思うラガーメンたちの熱い行動-。

まだまだ4強の熱戦は続きますが、4年後に向けた新生・日本代表の動きに注目したくなるような…何やらそんな気持ちが生まれそうになってきました。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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