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“復権”青学大が示したもの

新春恒例の「東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)」(1月2日~3日=関東学生陸上競技連盟主催)は、青学大が2年ぶり5度目の総合優勝を飾り、熱戦の幕を閉じました。

近年、正月の風物詩として定着した箱根駅伝は、正月は箱根駅伝で始まり、箱根駅伝で終わる、と言われるほど、正月の代名詞的イベントともなりました。

私も“これが終わらなければ…”と往路2日、復路3日の2日間、早朝から昼過ぎまでテレビの前に陣取り、じっくりと観戦の時間を過ごしました。

私自身、振り返れば1969年にスポニチ本紙に入社後、翌70年、71年の大会を2年連続して取材に当たった経験があります。

当時は日体大5連覇(69年~73年)の開始時で、中大が6連覇(59年~64年)を飾った後の混戦状態を日体大が鎮圧しようとしていた時代でした。

そんな昔のことを頭に思い浮かべながらテレビ観戦-。

何よりも“変わったなァ”と思うことは「速さ」です。今回の青学大の総合優勝タイムが大会新の10時間45分23秒。時代をさかのぼって比較しても意味がありませんが、69年に日体大が初優勝を飾ったときの総合優勝タイムは11時間30分58秒。ちなみに1920年(大正9年)の記念すべき第1回大会に優勝した東京高師のタイムは15時間05秒16秒でした。

“スポ根”から科学の勝負へ

東京~箱根間の往復を走り抜くレース。新春の箱根路を駆け抜ける。…などといえば、何やらロマンに満ちあふれているように思えますが、一方、往復10区間217・1キロ、各区間20キロ超の長丁場は、随所に何が起きるか分からない危機感にも満ちています。

そして何よりも…今どきの若き大学生が、母校のため、苦楽を共にした仲間のため、自分を捨ててタスキをつなぐという、汗と涙の“滅私奉公”劇に、この類(たぐい)のドラマが大好きな日本人は、ついつい引き込まれ、感動してしまうのでしょう。

…というのが昔の箱根駅伝であり、確かに昨今、それは昔の話になったなァ、ということをつくづく感じます。かつてあった「汗と涙」「努力と根性」の“スポ根”が当たり前だった時代から今、スポーツは科学の時代となり、このアナログ的だった箱根駅伝にも、用具の技術革新が持ち込まれデジタル化が顕著となったのです。

それがこのところ話題の「厚底シューズ」でしょうか。これはナイキが開発した陸上競技用シューズで厚底にカーボンプレートが入っており、着地する際の衝撃が少なく、またカーボンがバネの役割をしてくれるので、無理にキックをせずに推進力が得られ疲労感が少ない、と言われています。

今大会では全10区間のうち7区間、計13人が区間新記録を出すという箱根駅伝の“高速化”を生んでいます。ちなみに青学大は出場10人が全員、このシューズを履いたとのことでした。

加えて目だったのが“スーパー”と呼ばれる1年生選手の台頭でした。青学大復権の立役者となった往路2区で首位に立った岸本大紀(19)の快走。また往路3区で7人抜きを演じた駒大の田沢廉(19)も注目されました。

東京から眺めて、かつてはあれほど遠かった箱根をグイと近いものにしてしまった今年の箱根駅伝-。

昨年2位となり5連覇を阻まれた青学大の反撃。原監督が、やっぱり青学は強かった、と思ってもらえるように命名した「やっぱり大作戦」を、選手たちには、やっぱりダメだったときはどうしようか、と重かったかもしれませんが、平気な顔でやってのけてしまうところに彼らが築く、既成の打破という新時代が見え隠れしました。

それはやはり、2020年東京五輪という存在が、重かった扉を開けさせたのかもしれません。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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