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惨事から25年~教訓は生かされているか

1月17日午前5時46分-。

日の出前の外は、まだ真っ暗です。布団にくるまっていた私は、その時間、こんなときに…何にも準備などできていないよなァ、などと寝ぼけ眼(まこな)でつぶやいていました。

1995年(平成7年)の同日同時刻に発生した「阪神・淡路大震災」です。兵庫県の淡路島北部沖の明石海峡を震源とする「M(マグニチュード)7」の大地震。6434人の犠牲者を生んだ惨劇から25年、もう、というべきか、まだ、というべきか、4半世紀が経過しました。

もう、なのか、まだ、なのか、と記したのは、都市型の大規模災害となった「阪神・淡路大震災」を、不安視される「首都直下型地震」とダブらせ、十分な教訓と対策が今、取られているのだろうか、ということです。

昨年(2019年)を振り返ってみても、日本列島は年々、規模を大きくするばかりの自然災害に容赦なく痛めつけられました。

増える“自助”意識

昨年秋に来襲した台風15号(9月)、19号(10月)の猛威。ハンパなく吹きまくり、叩きつける強風・豪雨は、木々をなぎ倒し、家屋の崩壊、長期間にわたる停電・断水などインフラの破壊、と人々の生活を壊してしまう激しさがありました。

その規模の大きさゆえに大規模な被害が予測された台風19号に関しては、早め早めの避難勧告→「警戒レベル4」の全員避難、と通達がなされましたが、避難者が共同生活を送るための配慮がなされていないなど避難場所の不備が指摘されていました。

さまざまな自然災害が発生したときの避難訓練は、最近、定期的に行われるようになってきました。ともに手取り足取りの助け合いには、同じ地域に住む者同士が助け合う「共助」や、市町村による避難情報などの「公助」がありますが、災害時の困難が大きくなればなるほど「自助」-つまり、他人に頼らず、自らが危機を乗り切る力を持つことが欠かせないものとなってきます。

1月17日朝、新聞に挟まれていた地域の情報紙に目を引く記事が掲載されていました。私が住む藤沢市内(神奈川県)の某地区で、地震による津波から避難する場所を住民でつくってしまおう、という「究極の自助」作業が行われているというのです。

記事によると、その地域が指定している災害時の一時避難場所は、雑草が生い茂り、逃げ込む入り口も整備されていなかったそうで、住民たちは土地所有者の承諾を得て自らが整備に着手したとのことでした。

「待っていても始まらない。思い立ったら自分で行動しなくちゃ」は整備に加わった女性住民の声-。

「待っていても…」が、いつ来るか分からない災害なのか、行政の行動なのか、そのあたりは分かりませんが、この記事を掲載した情報紙は、あるいはこれから、住民主体の取り組みに行政が協力するという新しい形が出来上がるかも…と記していました。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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