3・11以後のスポーツの在り方

プロ野球が4月12日、セ・パ両リーグで開幕し“遅ればせながら”の球春到来となりました。

とはいえ、未曾有の大震災が発生した「3・11」を分岐点に以前と以後で「スポーツの在り方」がガラリと変わってしまったことは言うまでもありません。サッカーでもボクシングでも、あるいはゴルフでも、選手を悩ませることは、一様に「こんなときにスポーツをしていていいのか」という躊躇(ちゅうちょ)であり、それでも自分たちがやるスポーツが少しでも被災地(者)を勇気づけ、励ませるなら・・・と自分に言い聞かせ、悲壮なまでの思いで試合に臨んできました。

つまり、日本代表vsJリーグ選抜が激突したサッカー「東日本大震災復興支援マッチ」(3月29日=大阪・長居スタジアム)のカズこと三浦知良(横浜FC)らにしろ、都内から兵庫に場所を移して行われたプロボクシングのWBCトリプル世界戦に臨んだ長谷川穂積(真正)、西岡利晃、粟生(あおう)隆寛(ともに帝拳)ら日本人3世界王者にしろ、あるいはまた、日本を離れて米国を転戦、USPGAツアーの今季メジャー第1戦「マスターズ」に臨んだ石川遼ら日本人選手にしろ、全員が心を痛めていたのは「(日本の非常時に)こんなことをしていていいのか」であり、それでも「やる以上は全力で・・・」と、一人一人が“やる意義”を考え、一つ一つのプレーに“被災地に届け!”の思いをぶつけ、自分を納得させたことと思います。

スポーツが出来ることを当たり前と思わない心

これは明らかに3・11以前にあった、当たり前のようにスポーツに取り組んだ形とは違います。

例えばプロ野球にしても、例年の開幕戦は、そのシーズンを占う意味での力の入れ方が個々にあったとしても、シーズン途中で選手たちにとって大事な戦いの場がなくなるといったような危惧など誰もが抱かなかったでしょう。

が、今年は被災地(者)への自粛、電力の供給不足問題などで開幕戦が延期されたり、さらに節電の厳しさが予想される夏場の戦いをどう乗り切るか、など、年間のスケジュールを無事に消化できるか、の問題が最初にあり、過酷な社会情勢は、選手一人一人に“(非常時に)野球をやる意義”を常に問いかけてくることになるでしょう。

今、なぜ野球なのか。今、なぜサッカーなのか。あるいは、今、なぜボクシングなのか・・・。災害時のスポーツにもっとも必要なのは、どれだけ人々に勇気を与え、励ませるか、ではないかと思います。

話は古くなりますが、競泳の“フジヤマのトビウオ”こと古橋広之進氏(故人)が日大時代の終戦直後、自由形で次々に世界新記録を樹立し、占領下の日本にあって意気消沈の人々の希望の星となり、勇気を与えたことがいい例ではないでしょうか。

その意味で3・11以後のスポーツは常に、やれることを当たり前と思わない「心」が問われることになりそうです。それがひいては見る側に感動を与え、好勝負を生むことにつながるなら、スポーツをやる意義は十分にある、と言えそうです。

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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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