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柔道家・岡野功氏の思い出

新型コロナウイルスの感染拡大により来年に延期された東京五輪(2021年7月23日=開会式)ですが、開幕まで1年となったこの時期、新聞各紙はそれぞれ“あと1年”の特集を組んで大会への雰囲気を盛り上げました。

依然として猛威を振るうコロナ禍にあって、延期開催も現段階では確かとは言えない情勢にありますが、そんな中、前回1964年(昭39)東京五輪で金メダリストとなったレジェンドたちが後進にエールを送る某紙の企画に柔道の岡野功さんが登場していました。

1944年(昭19)1月20日生まれ。茨城県龍ケ崎市出身。中大在学中の21歳時にこの年の東京五輪で初採用になった柔道に中量級日本代表で出場。決勝に進み、ホフマン(ドイツ)の左小外刈りを返して横四方固めを決め、金メダルを獲得しています。

なぜ今、ここで岡野さんを取り上げたか-。

まあ、久々に新聞紙上でお元気そうな顔に接したこともありますが、私はスポニチ本紙に在職中に結構、岡野さんを密着取材しているのですね。そんなことが思い出された懐かしさ、といったところでしょうか。

私と同年生まれ。私も同じ大学に籍を置き、体育会系で汗を流していたという共通項があります。東京五輪開催時、私はまだ20歳。岡野さんの優勝は、外から拍手を送った程度で大きな距離がありましたが、その後、1969年(昭44)にスポニチ本紙に入社してから、その距離が縮まります。

「武道=無差別」への強い思い

岡野さんは五輪後、翌年の世界選手権も制し、押しも押されもしない中量級の第一人者として「昭和の三四郎」の名を世界にとどろかせました。

名声を背に25歳で現役を引退。自らの道場「正気塾」を設立して後進の育成に当たりました。岡野さんとの距離が縮まり、さまざまな話が聞けたのは、この「正気塾」時代だったでしょうか。部屋に上がり込み、何か合宿のような雰囲気の中で取材が進みました。

あの頃の柔道家は…といっていいものかどうか分かりませんが、身長1メートル71、体重80キロ、中量級で活躍した岡野さんも、やはり「武道=無差別」の志向が強い人でした。東京五輪の柔道無差別級決勝でアントン・ヘーシンク(オランダ)が日本の神永昭夫氏(故人)を下して金メダルを獲得したことに対して悔しさがあったようです。

やはり「柔よく剛を制す」は柔道の本質。広義に解釈すれば「体の小さい者が大きい者に勝つ」ということにも例えられるでしょう。富田恒雄著の柔道小説「柔」の中でも、体が小さく非力な主人公の矢野浩(後に正五郎)が大男を理と力の法則で投げ飛ばす術の妙が描かれています。

岡野さんにとっては“無差別の戦い”こそ、格闘技の原点ということなのでしょうね。

東京五輪でホフマンを破った技も、相手を追い込んで技をかけさせ、その力を利用して一本を取るという「後の先」という独自の“岡野流”を実践しています。

現在76歳の岡野さんは、相変わらず元気に後進の育成に励んでいると聞きます。あの頃、岡野さんが目指した「武道=無差別」の理想は、ときの流れとともに進む“スポーツ化”で薄れつつあるかもしれませんが、また、コロナ禍でさまざまな制約が出て来るかもしれませんが、日本柔道が守るべき本質は死守したいものですね。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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