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“超高速化”する箱根駅伝

新春恒例の「東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)」(来年1月2日~3日=関東学生陸上競技連盟主催)は、駅伝ファンにとっては正月の最大の楽しみでしょう。

早いもので師走も、もう中旬を迎え、大会の話題が聞かれるようになりました。

近年、新年の風物詩として定着した箱根駅伝ですが、日本一を決める全国規模の大学駅伝がありながら、この関東大学で争う箱根駅伝の人気の高さは、やはり、東京~箱根間を往復、新春の箱根路を駆け抜ける、というロマンに満ちあふれたレース。その一方、往復10区間217・1キロ、各区間20キロ超の長丁場が、何かを起こしそうな、観(み)る側にも伝わってくる緊張感、あるいは危機感。何よりも若い学生たちが、母校の襷(タスキ)を背負って繋(つな)ぐ悲壮感が、日本人の心を揺さぶる…といったところにあるのではないでしょうか。

確かに…第1回大会が1920年(大9)に開催されたという「伝統の重み」は、母校の襷とともにずっとこの大会につきまとっていました。

私自身、振り返れば1969年(昭44)にスポニチ本紙に入社後、翌70~71年の大会を2年連続して取材に当たった経験があります。当時は日体大5連覇(69年~73年)の開始時で、中大が6連覇(59年~64年)を飾った後の混戦状態を日体大が鎮圧しようとしていた時代-。

周辺には大学生たちが、母校のため、苦楽を共にした仲間のため、自分を捨てて襷を繋ぐ…もっとも怖~い先輩方に尻を叩かれながら…という、いかにも体育会系的な汗と涙の物語がそこかしこにありました。

しかし、そうした重々しさは次第に過去のものとなり、箱根路は“まず完走”の時代から“記録樹立”の時代へと移行していきます。

アナログからデジタル化へ

ちなみに記録を振り返ると-。

第1回大会優勝の東京高等師範学校が15時間05分16秒。翌年の第2回大会(大10)で明大が14時間39分01秒で走ります。明大は第9回大会(昭3)で13時間54分56秒を出し、さらに第14回大会(昭8)で早大が12分47秒53)、第36回大会(昭35)では中大が12時間を切る11時間59分33秒で走り抜けました。

かつてあった汗と涙のド根性レースを、科学トレによる高速化への道を示したのは、箱根駅伝で名を売った新興勢力の山梨学院大だったでしょうか。第70回大会(平6)で初めて11時間の壁を破る10時間59分13秒で優勝。第87回大会(平23)で早大が11時間切りの10時間59秒51を出して箱根駅伝は一気に高速化へと形を変えていきました。

昨年、復活優勝を遂げた青学大のタイムが10時間45分23秒。快速の原動力は、ナイキが開発した「厚底シューズ」でした。底にカーボンプレートが入っており、着地する際の衝撃が少なく、カーボンがバネの役目をしてくれて無理のない推進力が得られるといいます。

このハイテク・シューズを青学大は出場10人全員が履いていました。

ちなみに全体を見渡しても昨年大会は、全10区間のうち7区間、計13人が区間新記録を出しています。

霊峰富士を眺め、あれほど遠かった箱根路が、グ~ンと近づいた近年のレース…往年のファンは言います。

〈あの雪の降りしきる箱根の山でネ。監督が乗ったジープに尻を叩かれながら中大と日大がデッドヒートを繰り広げているわけヨ。分かる。これが箱根駅伝なんだよな〉

まあ、確かにそういう時代があり、それは日本人の心に訴えるものがありました。が、しかし、いつまでもそれでは先に進みません。

アナログからデジタル化した近年のスマートな高速レース。若者たちが今年、どう躍動してくれるのか、それを楽しむことにしましょう。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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