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晴れ着とマスクの違和感

この日のための晴れ着が、母親から愛娘に受け継がれたにしても、まさか小物のひとつに「マスク」が必要になるとは、まったく思っても見なかった出来事でしょうね。

歯止めがきかない新型コロナウイルスの感染拡大。政府による緊急事態宣言の再発令-。

そんな中で迎えた今年の成人式(1月11日)は、過去例がない異例ずくめとなりました。東京都内23区で式典を開催したのは唯一、杉並区だけ。私が住む藤沢市(神奈川県)も当初、入れ替え制(3部)とオンライン配信での実施を予定していましたが、感染拡大のリスクを考慮して会場開催を行わず、オンライン配信のみの成人式となりました。

それでも新成人にとっては大事な節目のとき。新聞報道によると、振り袖の販売やレンタルを手がける店が、また東京・練馬区では同区の練馬文化センター前で、それぞれ記念撮影を行った、とありました。

そうした各所での記念撮影風景は、テレビのニュース番組でも報じられていましたが、誇らしげに着飾った晴れ着のお嬢さんたちにちょっと違和感を感じたのは、カメラの前でのマスク着用でした。

まあ、感染防止のための最低限の行為が、こまめな「手洗い」と「マスク着用」にあり、カメラの前でも外さないその心構えは結構なのですが、生涯に残る記念写真に果たしてマスクは必要でしょうか? 

もっとも顔の下半分を隠したマスク姿は、多くの人々が思うように“マスク美人”にイメージを変えることを利用、まさか、それが狙い? ということはないでしょうね。

“顔半分”のハタチに何思う?

晴れ着にマスク姿の写真は、後々にまで残り、そのお嬢さんが結婚して子供が出来、今度は娘さんが成人式を迎えたとき、お母さんの写真を取り出して「エッ、お母さん、マスクなんかして…風邪ひいていたの?」などと言われてしまいそうですね。

飛沫を防ぐためのマスク着用が当たり前の「ウィズ・コロナ」の時代になり、日常的に必要なものになれば、マスクの形もまざまに変わり、おしゃれなものも数多く売り出されるようになってきました。もちろん振り袖姿に合うものもあります。

が、やはりマスクは、ファッション性より、鼻から口から病原菌などを体内に入れないための道具が本来の役割です。

日本でのマスクの起源をたどると、資料には、江戸時代の終わりころから明治時代の初期にかけて「銀山での鉱山病対策として防塵(ぼうじん)マスクが使用されていた」とありました。また大正時代に入り「工場用の防塵マスク」としても使用されていたようです。

そのころの市民生活にマスクはほとんど縁がなかったようですが、大正時代に勃発した「スペイン・インフルエンザ」の大流行(1918年~1920年)により、ウイルス感染予防としてのマスク着用が一般化された、とのことでした。

近年は花粉症の対策としてマスクが欠かせなくなっています。

余計なお世話であることは百も承知です。が、後々になって「晴れ着にマスク姿」の記念写真を取り出して見たとき、新型コロナウイルスの感染拡大下での成人式だったなァ、ということを真っ先に思い出すのでしょうか。あるいは、希望にあふれていただろう“顔半分”だけのハタチの自分を懐かしむのでしょうか-。

時代の流れとして前者も忘れられないことですが、やはり忘れられないのは後者でしょう。

そのためにシャッターが下りるまでの数分間、マスクは不要ですね。残念なことです。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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