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松山が感涙のマスターズ制覇

やってくれました! 凄い偉業が達成されました。 

米男子ゴルフツアーのメジャー競技、世界最高峰のゴルフの祭典「マスターズ」(4月11日最終日、米ジョージア州オーガスタ=オーガスタ・ナショナルGC)で遂に日本の松山英樹(29=LEXUS)が優勝を飾ったのです。
最終日の模様はTBSテレビ系が4月12日午前零時15分から生中継)

日本人選手(陳清水&戸田藤一郎)が初めてマスターズに出場した1936年(昭11)から85年。日本人には無理だろうと言われ続けた米メジャー競技での優勝、その中でも特に難関のマスターズを日本人が、いやアジア人が初めて制覇したのです。

2019年の海外女子ゴルフツアーのメジャー競技「AIG全英女子オープン」を渋野日向子(22=サントリー)が制覇。樋口久子(現JLPGA相談役)が成し遂げた1977年の「全米女子プロ選手権」優勝に続く42年ぶり、日本人2人目の海外メジャー優勝の快挙達成と日本中が沸き立ちました。

今回のマスターズの前週、決勝ラウンドをオーガスタ・ナショナルGCで行った「オーガスタ・ナショナル女子アマ選手権」(4月3日最終日)で日本の17歳・梶谷翼(兵庫・滝川二高3年)が優勝を飾りました。これもまた快挙-。

ゴルフファンは、それらを喜びながらも、男子の快挙がなかなかないことにイラ立ち、何だ女子ばかりじゃないか、男はどうした! などという声も聞こえていました。

何だって? 男がどうしたって? じゃ、これはどうだ! とばかり、松山はファンのブーイングを黙らせ、感服させる凄さを見せつけてくれました。

通算4アンダーで首位に3打差(6位タイ)でスタートした第3日、ボギーなし、1イーグル、5バーディーの猛攻で7アンダーの65マーク、一気に通算11アンダーで後続に4打差をつけて単独トップに躍り出たのです。

第3日を終えた後、松山は大会を中継するTBSテレビのインタビューに応じ「今日のように波を立てず、(自分に)怒るようなことがなければチャンスがあると思います」と最終日に向けた抱負を語りました。

波を立て、怒るようなことがあったのは、コロナ禍で順延を余儀なくされ、11月の“秋開催”となった前年のマスターズでした。第3日を通算8アンダー、首位と1打差の6位タイで迎えた松山は、優勝を期待されながら大事な“ムービング・サタデー”で第2日までの安定感をウソのように停滞、ズルズルと後退して夢を悪夢に代えてしまいました。

区切りの10度目で悲願達成

そうした経験を糧にした今大会の最終日、松山は前半アウトを3バーディー、1ボギーで乗り切り、後半インを通算13アンダーで迎えます。この段階で後続はスコアを伸ばせず、2位に追い上げてきたのが同組のウィル・ザラトリス(米国)の通算9アンダーで4打差。が、マスターズの優勝は、簡単に成し遂げられるものではありません。

“球聖”と呼ばれたボビー・ジョーンズが、友人と共同設計して創り上げたのがオーガスタ・ナショナルGCです。マスターズの大会期間中、コースに出没する“魔女”が選手たちを脅かしますが、魔女が住み着くのは選手個々の内面です。つまり、コースは、攻めるべきホールはしっかりと攻め、守らなければならないホールはしっかりと守り抜く、という見極めを必要としています。そこで欲を出すと内面に巣食う魔女がむくむくと頭をもたげるわけです。ボビー・ジョーンズは自著「ゴルフはわが人生」の中でこう記しています。

〈パー4のホールでバーディーを出すためには、良いショットを2つし、まったく水平なグリーンで10フィートを1パットするというだけでは十分でない。旗にピタリを寄せるセカンド・ショットをするか、相当に難しいパットを1パットで決めることが要求されるべきである〉

そういう基本概念を持つ難しいコース設計にあって松山は後半インに入り「緊張感でバーディーを獲れる状態でなかった」と心が揺らぎます。15番(パー5)では、第2打か飛び過ぎて16番(パー3)の池に入ってしまったり…。インは1バーディー、3ボギーで通算10アンダー。終わってみれば、ザラトリスに1打差に追い上げられていました。

それでも勝ちは勝ちです。2011年のマスターズ、東北福祉大2年在学中のアマで出場しローアマを獲得します。この年に東日本大震災が起き、出場を迷う松山に対し周囲の皆が後押ししてくれました。

ここからスタートした松山のオーガスタ・ストーリーは、8年連続計10度目となり、区切りに悲願達成となりました。

私はこの欄で松山を結構多く書いてきましたが、いずれも「惜しい」「あとひと息」の内容ばかりでした。だから…最終18番、グリーンに向かって歩く松山をグリーンサイドのパトロンがスタンディンク・オベーションで迎える姿を見て思わず感動、涙が込み上げて来てしまいました。

松山は本当によく頑張ってくれたと思います。栄光のグリーンジャケットの袖に日本人が初めて腕を通した偉業は、松山に憧れる少年少女たちを含めて日本のゴルフ界をより広げてくれるではないかと思います。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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