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鎌倉散策~鎌倉と源氏をつないだ元八幡

新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかからず、私が住む神奈川県も4月20日から、千葉県などの隣県とともに「蔓(まん)延防止等重点措置」なるものが適用されることになりました。まったく…いつまでも困ったものです。

そんな折り、鎌倉好きの例の友人Fから「久しぶりに歩こうか」と連絡が入りました。もちろん御法度の「不要不急の外出」ですが、この時期は年間を通して一番過ごしやすい季節。なのに今年は…自粛のステイ・ホーム続きでモヤモヤが晴れません。

「よし、行こうか」ということになり、4月16日午後1時、JR横須賀線「鎌倉」駅の東口(八幡サマ側)で待ち合わせました。駅前から小町通り方面に目をやると結構混雑しています。私たちの今回の鎌倉散策は「たまにはこうした気分転換もしないとね。やりきれない」といったところでしたが、それはやはり、皆さんも同じこと。鎌倉の混雑はその象徴といえたでしょうか。

鎌倉駅東口前のロータリーを直進し、南北に走る若宮大路の信号を左折(北方向)してブラブラ歩くと突き当たりに建つのか鎌倉のシンボル・鶴岡八幡宮(鎌倉市雪ノ下)であることは周知のことです。源氏の守護神として存在感を誇るこの神社の歴史には、必ずこういう記述があります。

「…鎌倉に入った源頼朝が治承4年(1180年)に現在地に移し、町づくりの中心とした…」(保育社刊カラーブックス「鎌倉歴史散歩」)

友人のFが言いました。「“現在地に移し”とあるが、じゃ、その前はどこにあったのよ」。何ごとも、疑問があるなら、それを解消することが新しい出来事を生み出します。持参のガイドブックから「元八幡」(鎌倉市材木座)を見つけ、そこに行ってみようということになりました。

大きな歴史を持つ小さな神社

私たちはまず、日蓮宗の本山「妙本寺」(鎌倉市大町)に足を運びました。ここは鎌倉駅前から徒歩で約15分くらいの近場です。このお寺が建つ地は、現在「比企谷(ひきがやつ)」と呼ばれ、資料には鎌倉時代、源頼朝に仕えた御家人・比企能員一族の屋敷だった、とありました。

梅→桜と花の季節を終えた境内は、代わって今の時期、うっそうと茂ったまぶしいばかりの新緑に包まれて素晴らしい景観を見せています。足を運んだのはそれが目的-。

さて…ここから「元八幡」に向かうことになりましたが、地図を見ながらその周辺にたどり着いても、なかなか見つからず、友人Fが住民に聞いてやっと発見できました。住宅街から路地に入ったところに目立たずひっそりと建てられている神社です。

行かれる方は鎌倉駅から徒歩でも約15分くらいで行けますが、場所が分かりにくいためバス利用のほうがいいですね。鎌倉駅東口のバスターミナルから京急バス「鎌12」九品寺循環に乗り「元八幡」で下車してすぐです。

元八幡は「由比若宮」とか「辻の八幡」などとも呼ばれています。源頼朝の先祖となる源頼義が康平6年(1063年)、奥羽からの帰途、鎌倉に立ち寄り、ここに源氏の守り神である京都の「石清水八幡宮」の祭神を移し祀った、と資料にありました。源氏と鎌倉の最初のつながりです。

全体的にこじんまりとした神社ですが、近くに滑川が流れ、材木座海岸も近く、現在のように住宅街がなければ相模灘が目の前に見渡せただろうという立地です。

後に源頼朝が鎌倉を拠点にする際、現在の場所に社殿を移し「鶴岡八幡宮」として今、四季を問わずににぎわいを見せる神社となっています。

私たちは、幼年のころから「八幡サマ」と呼んで親しみ、八幡サマと言えばここ(今の場所に建つ鶴岡八幡宮)しかない、と思っていましたが、街中にひっそりとたたずむ「元八幡」を知るにつけ、見失いがちな小さな神社にこそ“大きな歴史”があるということを再認識します。

これからは八幡サマに初詣のときなど「元八幡」にこそ最初にお参りしないとね~など話しながら、久々の鎌倉散策で心地いい疲労感を覚えながら一日を終えました。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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