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「ボクシングの日」にちなんで

今日5月19日は、何の日かご存じですか? そう、あまり一般的ではありませんが、日本プロボクシング協会が制定した「ボクシングの日」なのですね。

1952年(昭和27年)のこの日、白井義男氏(故人)が東京・後楽園球場で世界フライ級王者のダド・マリノ(米)に挑戦、判定勝ちで日本初の世界チャンピオンとなった快挙と功績を記念したものです。

白井氏は1923年(大正12年)11月23日、東京・荒川区の生まれです。戦時下の1943年11月、20歳でプロデビューしますが、その後、海軍に入隊しブランクがあり、ボクシング界には終戦直後の1946年に復帰しています。

それから6年後、白井氏がマリノを下して世界王者となった1952年は、敗戦の痛手を受けた日本人が、戦後の混乱の中、荒廃から復興へと向かうときであり、湯川秀樹博士のノーベル物理学賞受賞(1949年11月)や“フジヤマのトビウオ”こと競泳の古橋広之進氏の同時期の活躍と並んで戦後の日本、及び日本人に希望に灯をともした偉業として永きに渡って称えられる出来事となりました。

手元に一冊の本があります。白井義男氏著の「ザ・チャンピオン」(東京新聞出版局刊)です。

白井氏は1955年5月、王座を奪われたパスカル・ペレス(アルゼンチン)とのリターンマッチに敗れ、引退しますが、同書の「引退」の項には、こんな記述があります。

〈大勢の記者に囲まれながら、さっぱりとした気分で引退を口にしたが、そのあと、思いがけない質問が浴びせられた。

「カーン博士とは今後、どうするのですか」
どうするって決まりきったことではないか。
「いつまでも私と住んでいただきます」

やや強い口調で答えながら、私はカーン博士と歩んだ7年間の道のりを思い浮かべていた〉

白井氏がその素質を開花させつつ、世界の頂点への道を歩み始め、極めるのは、当時「連合国軍総司令部(GHQ)の天然資源局に所属する」(「ザ・チャンピオン」の記述による)アルビン・R・カーン博士との出会い、同博士が提唱する技術に裏付けられた合理的スタイルの会得によるものだったことは、よく知られたことですが、白井氏とカーン博士の間柄は、コーチと選手の枠をすでに超え、リングを離れたあとまでも、家族同様に一心同体化していたことに驚かされました。

白井氏と白井氏夫人の、恩師・カーン博士への献身は、その後、カーン博士が認知症となり、逝去するまで厚く続けられますが、そうした一つ一つの出来事に白井氏の、生涯を通したスポーツマンシップが感じられて感動的です。

白井氏は2003年12月、肺炎のため80年の生涯を閉じましたが、生前、某スポーツ新聞社の評論活動を続けていたときは、しばしば会場に足を運んでおり、いつまでもダンディーな姿には敬服させられたものです。

風薫る5月19日。歴史を築いた名チャンピオンを偲ぶ「ボクシングの日」にちょっぴり感傷的に白井氏の顔を思い浮かべて見ました。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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