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聖人に棄物なし

きょうのタイトルは、私の高校時代からの友人で、常に暴走気味の私の良き“歯止め役”となってくれているI君が、私に送ってきたメールに書かれていた言葉を使わせてもらいました。

中国の故事・ことわざに「聖人」はよく登場します。
「聖人」は儒学の教えのもと、知徳が優れた人、あるいは俗事にわずらわされることのない賢人、というような意味合いでしょうが、I君が書いてきた「聖人に棄物なし」という故事は、主だった辞書類には掲載されていません。

あるいは似たような故事をもとにしたI君得意の? 創作かもしれませんが、つまり、彼が私に言いたいことは、そのメールに力説されているように「例えば病にしても、それを無用(害)と切り捨てず、それがあることによって常に“健康に留意する”という、メリット(利)があることを知るべきだ」ということなのでした。

そう言われても、まあ、聖人の域からはほど遠いところにいる私などは、葉物は棄物で降りかかる火の粉には真っ向勝負を挑んでジタバタしてしまいますが、歯止め役のI君が言うのですから、それを受け入れてプラスに転じられるよう“調和の精神”の大事さを知る方向に向かえるよう努力することにしましょう。

ottoさん、いつもコメントをありがとうございます。
私の「一喜一憂」どころか、常にストレートな「喜怒哀楽」の小気味良さを楽しませてもらっています。
「無常の風」へのコメントには、思わずググッときてしまいましたが・・・。

柄にもなく、ちょっぴり感傷的になってしまったのは、どうにも血の巡りが悪くなってしまった私の左足を手術する日が6月4日に決まってしまったからかもしれません。

周りの良き友たちに励まされつつも、こういうことが控えていると気が重くなります。

が、I君が言うように、マイナスを受け入れてプラスに転じることが出来るなら、あるいはまた、書きたいテーマが増えるかもしれません。

そうなることを期待しながら・・・。









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Iさんが言いたいこと・・・

<Iさんの言いたいこと・・・>
小生は高校時代に国語の松林教諭(当時早稲田大学の講師も兼任)の授業を楽しみにしていたものです。時には授業が教科書にそって進まずに終始することもあって、そんな時は廊下ですれ違う際には決まってアルコールの匂いがしたものでした。小生はそんな破天荒なところのある先生に特別は魅力を感じていました。ある時期、「無用の用とは?」を皆に質問し、何人かのトンチンカンな回答ぶりに、難しい「中国の道家の教え」として延々と講釈を始めました。要約すると「君たちが現在地上に立っていられるのは足の下の土だけでなく、足で踏んでいない広い大地があるからなのだ」と。つまり、一見無用に思える大地も実は真に有用な物だと言うことでした。
ご友人のIさんの「聖人に棄物なし」ですが、やはり上記と同じ意味で使われたのだと思います。確かに、老子の言葉に「聖人に棄物なし」が出てきますし、Iさんは「病(害)は決して有難いものではありません。しかし、決して捨てたものでなく、病(害)があることによって初めて健康の有難さが感得できる有用さ(利)がある。」とおっしゃりたかったのでしょう。
いずれにしても、ご友人達の思いを尊重しくれぐれも「聞き分けの良い入院患者」であられます様。そして大過なく6月4日の手術が済むことをお祈りしております。(湘南の仙人)

何てコメントしようか、何日も考えてしまいました。

病に気づかせてくれた環境を、とてもラッキーな事として乗り切ってくださいね。

また『勝負』のお話が出来るのを、楽しみにしています。
プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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