FC2ブログ

「退路を断つ」勇気が生む快挙

女子サッカーの日本代表「なでしこジャパン」のW杯制覇は、まさに後世にまで残る偉業となりました。そして、こうした世界のスポーツ各界に名を刻む歴史的快挙は、なぜか女性たちによって成し遂げられることが多いようです。

例えばゴルフ界でいうなら、樋口久子(日本女子プロゴルフ協会相談役)の1977年全米女子プロゴルフ選手権優勝は、当時の日本の女子プロゴルフ界の情勢を考慮するならなおさら、今なお揺るぐことのない歴史的快挙でしょうし、岡本綾子が1987年シーズンに達成した、外国人選手として初となるUSLPGAツアーの賞金女王獲得もまた、とてつもない歴史的快挙でしょう。

2人が打ち立てた、強いインパクトを持つ金字塔に対して比較的地味なのは、それがアマチュアの大会ゆえかもしれませんが、1985年の全米女子アマゴルフ選手権を制した服部道子の快挙も、歴史に名を残す偉業だったでしょう。余談ですが、この快挙は、今からちょうど26年前の、きょう8月10日に成し遂げられています。

服部家は母親の紘子さんが日本女子アマゴルフ選手権の元チャンピオンであり、やはり“蛙の子は蛙”の血筋。服部も愛知・淑徳高1年時の1984年、15歳9カ月の史上最年少で日本女子アマゴルフ選手権を制し、勢いに乗って優勝した翌85年の全米女子アマゴルフ選手権も、16歳という史上最年少記録のおまけをつけています。

この段階で服部の高校卒業後のプロ転向は既定の路線となりましたが、一方、全米女王の座を獲得した服部に全米の大学ゴルフ部が注目、多くの留学招請を受ける異例の出来事が勃発します。この時点で服部は「日本の大学か、プロか、あるいは米国の大学か」と進路に迷いますが、服部が出した結論は、テキサス大学オースティン校への留学でした。

迎合せずに独自の道を選択する勇気

ちなみにその後は、全米大学リーグで活躍、1991年に帰国後は、同年のJLPGAプロテストにトップ合格、1998年には賞金女王にも輝き、現在も現役続行で頑張っています。

こうして見た場合、樋口にしろ岡本、服部にしろ、大きな出来事を残す選手たちは、一様に独自の道を勇気を持って選択し、歩んでいることに気がつきます。樋口の快挙は時代背景的にスポット参戦が精一杯だったでしょうし、そんな中での快挙達成は、まさにパイオニア精神の発揚が感じられます。

それを突破口に米国に常駐して常時参戦するという路線を敷いた岡本は、そのリスクに見合う賞金ランク・トップという結果を出し、後に続く小林浩美(現JLPGA会長)、福島晃子、平瀬真由美、宮里藍らに道を開いています。岡本もまた、樋口とは違った形のパイオニア精神を発揮して、一つの歴史をつくりました。

では、今・・・。私がもっとも“何かをしでかしそうだ”と見ているのは宮里美香(藍ちゃんと間違えないでくださいよ)です。宮里は沖縄・松島中3年在学中に出場した2004年の日本女子アマゴルフ選手権で優勝。14歳8カ月での史上最年少優勝記録を樹立しました。記録的には服部を超える逸材。

で、服部と似通っている点は、日本のプロテスト受験の選択肢もあった中、渡米してプロスポーツ選手養成学校に留学。USLPGAツアーの出場資格を取ったことでした。

このところの宮里は、メジャー競技での活躍など、いい芽を出し始めて注目していますが、近い将来、きっといい結果を出してくれるのでは? と思っています。

惜しむらくは、男子選手たちが、どうしても保身を優先させてしまう傾向に対し、彼女たちには「退路を断った捨て身の前進」が共通してあることを感じてしまいますが、さてどうでしょう。

スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

最新記事
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ
最新コメント
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

アクセスランキング
ランクアップにご協力下さい
↓↓↓↓クリック↓↓↓↓
QRコード
QR