「国民栄誉賞の日」に思うこと

手元に一冊の古ぼけた本(懐かしいですねェ~。もうボロボロです)があります。長嶋茂雄氏がプロ野球・巨人軍の監督を務めていた1977年(昭52)、前年に続いて2年連続のリーグ優勝を飾り、その軌跡をスポーツニッポン新聞社が永久保存版「長嶋V2全ドラマ」として、シーズン開幕の4月2日から優勝決定の9月23日までをスポニチの紙面(縮刷版)で追ったものです。

私はこのとき、巨人担当記者を拝命しており、結構、忙しい日々を送っていましたが、開幕日の紙面から始まった「756号への軌道」というタイトルがついた連載コラムを見直すにつけ、懐かしく、感慨深く、当時の日々が熱~く思い出されます。

そう、このシーズンは、王貞治氏が米大リーグのハンク・アーロン氏が持つ本塁打の世界記録755号にチャレンジする特別な年であり、王氏が“追いつけ追い越せ”の756号に向け、通算716号から40本を目指して緊迫のスタートを切れば、私も同時進行の連載担当として、無休覚悟で緊迫の? シーズンをスタートさせたのでした。

今なぜ、こんな古い話を振り返るハメになってしまったのか、というと「今日は何の日」で9月5日を調べていたら「国民栄誉賞の日」と出てきたからでした。

そう、そうなんです! 1977年9月3日(「長嶋V2全ドラマ」によると、歴史的主観は「そのとき・・・9月3日午後7時10分7秒」です)王氏はついに756号を放って世界の頂点に立ちますが、快挙から2日後の5日、当時の福田赳夫首相が「国民栄誉賞」を授与しています。

うってつけだった王氏の受賞第1号

初の授与となる「国民栄誉賞」に関し、紙面には「国民的英雄を何らかの形で表彰したい」との福田首相のお声がかりで創設されたもの、と説明されており、それからときを経て、次第に「前人未到の偉業を成し遂げ、多くの国民から敬愛され、夢と希望を与えた人に贈られる」という授与の理由が固められるにつけ、王氏の第1号受賞は“うってつけ”の印象を濃くし、福田首相も名を上げたものでした。

一方、首相の意向が強く反映される内閣総理大臣顕彰ものには、一つ間違えば、首相個人の人気取りか、落ち目となった内閣の挽回策か、などと皮肉に受け取られることも多々あり、このあたりは微妙な判断となります。

王氏から始まった「国民栄誉賞」の授与は、最新の19例目が、サッカーの女子W杯ドイツ大会で優勝を飾った日本代表「なでしこジャパン」ですが、このときは菅首相の人気低迷、東日本大震災への対応に対する批判などが続出しているときだけに“人気取りか”の声は、ことさら大きく、厳しいものがありました。

が、授与者のていたらく、あるいは、初となる団体の扱いは? など、相変わらずお役所的な逡巡(小セーなぁ)はともかく、時期が時期だけに、最後の最後まであきらめない不屈の闘魂、勇気を示した「なでしこジャパン」の健闘は、まさに日本列島感涙の感動ドラマ。優勝への軌跡は、文句なしに受賞の価値あり、だったでしょう。

他方、小泉純一郎首相(当時)が授与を打診した米大リーグで活躍するイチローは、イチロー自身が受賞されるなら今でなく、現役を引退してから、と背を向けて辞退するケースもあり、このテの賞は、授与者&受賞者を取り巻くタイミング、温度差、さらに授与者のセンスにより、良くも悪くもなる要素を含み持っていそうですネ。

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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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