見応え十分の女子ゴルフ“日本一”決定戦

JLPGAツアーは目下、今季メジャー第3戦となる「日本女子オープン」(愛知・名古屋GC和合コース)の熱戦を展開中(10月1日=第3日)ですが、注目は第2日を終えて単独トップに立っている宮里美香(21)の決勝ラウンドでの動向でしょう。

日本女子オープンの歴史をのぞいてみると、1968年の第1回大会から第3回大会まで、同一コースのTBS越谷GC(埼玉)で開催され、1971年の第4回大会で初めてコースが変更(大利根CC西=茨城)され、草創期を支えた樋口久子(現JLPGA相談役)がここまで4連覇を達成しました。

以後、この大会は毎年、コースを変えて開催されるようになり、ダブったのは静岡・浜松シーサイドGC(1972年、1976年)滋賀・名神八日市CC(1974年、1992年)くらいのものとなっています。ちなみに埼玉・武蔵CCでも2度、開催されていますが、1994年=笹井、1989年=豊岡、とコースを変えており、事実上、違う会場といっていいでしょう。

4連覇を達成した樋口は、その後、1976年、1977年の大会で連覇を飾りますが、それを最後に昨年大会まで、実に33年もの間、連覇を達成した選手は出ていません。毎年コースが変わることに加えて、JGA(日本ゴルフ協会)が主催する大会らしく、コース・セッティングの極度の難しさ・・・などが、それを阻んでいるのかもしれません。

今年もセッティングの難しさは並ではなく、JGAの意地に懸けても・・・という感じで容赦なく、各選手の力量を試しにかかっているようです。狭いフェアウエーと最短で80ミリというラフは、深いところに入れたら、確実にレイアップを余儀なくされる場面も多くあるようです。

初日はアンダーパーがなく、イーブンパーで5人がトップに立ちました。前年、優勝を飾った宮里美香はここに名を連ねています。まずは幸先の良い出足、といったところです。第2日は2バーディー、3ボギーの1オーバー。通算1オーバーとなった宮里は、通算アンダーパーはもちろん、同イーブンパーもいなくなった展開の中で単独トップに立ちました。こうなると連覇への期待がかかります。

34年ぶりに連覇達成か? への期待も

宮里が振り返りました。

「凌(しの)いで凌いで、粘りに粘って、ホント、集中力を切らさずに最後まで、よく頑張れたと思います」

イン・スタートで後半アウトはすべてパープレーを連ねました。その数字の裏に“冷や汗”がにじみ出ています。9ホール中、6度までが1パット・パー。一つ間違えば集中力が切れ、バタバタと崩れてしまってもおかしくない展開だったことと思います。

宮里が言いました。

「JGAの大会には思い入れがあります。随分、お世話にもなっていますからね。だから頑張らないと・・・という気持ちが強いですね」

振り返れば04年6月、沖縄・松島中3年在学中の14歳で初出場した「日本女子アマ選手権」で優勝を飾り、14歳8カ月で優勝という史上最年少記録を樹立しました。09年にプロ転向後も初優勝が10年の日本女子オープン。この我慢強い戦士は、JGAがたくらむ難しさと、なぜか相性がいいのかもしれません。

そういえば宮里は、主戦場とするUSLPGAツアーでも、今年はメジャー4大会中、3度までトップ10入りしているのです。

34年ぶりとなる連覇という偉業達成に向けて大事な第3日、宮里はかなりの苦戦を強いられました。2バーディー、7ボギー、2ダブルボギーの内容がそれを裏付けます。通算スコアを10オーバーと落としてしまいましたが、それでも通算6オーバーで単独トップの馬場ゆかりとは、まだ4打差の5位をキープしています。

通算9オーバーで粘る宮里藍とともに最終日の優勝争いは、宮里美香の連覇への期待もまだまだ残し、見応えは十分、予断を許さない情勢となって見逃せません。

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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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