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ホルヘを襲った今度は終盤の悪夢

「・・・」

いやはや・・・です。どうにも言葉がありません。

その瞬間、日本中のホルヘ・ファン(特に女性)から絶叫! 悲鳴! が聞こえてきそうな結末となってしまいました。

ホルヘ・リナレス(26=ベネズエラ、帝拳)がアントニオ・デマルコ(25=メキシコ)と争ったプロボクシングのWBC世界ライト級王座決定戦(10月15日=日本時間同16日=米カリフォルニア州ロサンゼルス)です。

試合の模様はWOWOWが同日午後11時5分から生中継してくれており、09年10月10日以来、2年ぶりの王座奪還を願うホルヘ・ファンは、待ちに待った日、とテレビの前にかじりついたことと思います。

10回を終えて私のメモ帳には、赤字で「生みの苦しみ」と記入されました。ポイントではリードしながらも、リナレスは6回に目と目の間、鼻の上部分をカット(バッティングかパンチによるものかは不明)し、流血が止まらない状態で、回を追うごとに“血みどろ”となっていました。

メモ帳に記した「生みの苦しみ」の文字は、もちろん勝利を前提としてのものです。戴冠への道は、簡単ではなく、誰もが苦しく、それはリナレスといえど例外ではない、という意味合いのものでしたが、私に限らずこの段階で、誰もがリナレスの負けなど予想もせず、あと2回を終えれば、リナレスの、あのいつもの笑顔が見られることを確信していたことと思います。

それが・・・です。まさに悪夢としか言いようのない11回でした。流血で視界不良のリナレスに、劣勢を余儀なくされていたデマルコが前進、また前進でプレッシャーをかけ、打ち合いを挑んできました。

身につけた攻撃性が墓穴を掘ったとも・・・

動きを止めると危険な状況の中、下がりながらパンチを出していたリナレスですが、一瞬止まったところに右フック、左ストレートが飛んできました。ここぞと勝負を懸けるデマルコ。激しい打ち合い。デマルコの攻勢。大流血で劣勢に追い込まれたリナレスをレフェリーが止めたのは仕方がなかったかもしれません。

が、ここを凌げば、あと1回! を思えば、無念としか言いようのない結末(11回2分32秒、TKO負け)です。コーナーに戻って座り込み、肩を落としてうつむく、傷心のリナレスの背中に、2年間の精進・我慢が実らなかった悔しさがにじみ出ていました。

あの日も悪夢でした。09年10月10日、東京・国立代々木第二体育館で行われたWBA世界スーパーフェザー級王座(当時)の2度目の防衛戦です。リナレスは、開始早々に挑戦者ファン・カルロス・サルガド(メキシコ)の連打を浴びてまさかのダウン。立ったもののダメージは大きく、1回、わずか73秒でレフェリーストップのTKO負けを喫してしまいました。

このプロ初黒星となった試練は、これまで順風満帆の道を歩んできたリナレスにさまざまな課題を投げかけました。ボクシングに絶対はない怖さ、一瞬の油断の怖さ・・・10年3月の母国ベネズエラで行った再起第1戦皮切りとした4戦(全勝)には、慎重に徹した試合もあり、リナレスの成長を裏付けながら、満を持して「この日」を迎えたことと思います。

勝てばフェザー級、スーパーフェザー級に続く3階級制覇となったところですが、リナレスは敗戦で王座を陥落したこともあり、やはり、3階級制覇は後からついてくるもの、まずはタイトル奪回が最優先されるテーマでしょう。

試合開始から持ち味の“速さ”で主導権を握り、ハンドスピードの凄さを見せつけながら、ポイントでは10回まで大差をつけた展開だっただけに、その結末は本当に思いもよらないことだったと思います。

階級を上げた「ライト級」の戦い方もまた、微妙に影響したかもしれません。パッキャオとスパーリングをこなし、身につけた“攻撃性”が裏目に出たかもしれない・・・という声も聞かれたからです。

とはいえ・・・です。最初は初回の悪夢、今度は終盤の悪夢。悔しいことではありますが、負けは負けとしてホルヘが再び、立ち上がってくれることを今は祈るだけです。



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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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