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“折れない心”が見たい!

手元に07年分の取材ノートがあります。

その中に記されている〈07年6月4日、プロボクシングWBC世界ミニマム級タイトルマッチ、パシフィコ横浜〉のメモ。同級6位の八重樫東(24=大橋)=当時=が、同級王者のイーグル京和(28=角海老宝石)=当時=に挑戦した一戦です。

このときの八重樫は、プロ7戦目での世界挑戦。勝てば日本人の世界王座最速奪取記録を達成する偉業が懸かっていました。が、結果はイーグルに完敗。フルラウンドを戦い抜いたものの、途中、あごの両側を骨折するアクシデントに見舞われ、痛い敗戦となりました。ちなみに世界王座最速奪取記録はその後、11年2月に井岡一翔(井岡)が達成しています。

さて、このときの八重樫の敗戦を、スポニチ本紙の世界戦評論でおなじみの元世界王者・浜田剛史氏は、こう評しています。

〈最短記録を狙った八重樫の意欲は褒(ほ)めていい。だが、受けて立つ方(王者)の力量が、1枚も2枚も上だったということだ。自分の力が通用しなかったという意味で、敗戦は大きなショックだと思う。精神面を立て直してもう一度、這い上がってほしい〉

屈辱から4年4カ月、そうして這い上がった八重樫の、2度目の世界挑戦の舞台が近付きました。10月24日に東京・後楽園ホールで行われるWBA世界ミニマム級王者ポンサワン・ポープラムック(33=タイ)に挑む同級タイトルマッチです。

骨折を乗り越えて立ち向かう八重樫

ボクサーにケガはつきものですが、あごの骨折は負傷の度合い以上に精神的なダメージが大きいと言われます。試合中の骨折には鼻、手、ほお骨、肋骨などがありますが、やはり生命線である大事なあごを骨折させられるということは、プライド的なものを含め、心の痛手となって尾を引いてしまうのでしょう。

あごの骨折に関して今なお、記憶に残る選手が打越秀樹(のちに昌弘に改名=帝拳)です。打越は1989年10月14日、高橋ナオト(本名・直人)が持つ日本ジュニアフェザー級王座(階級名は当時)に挑戦しましたが、高橋の強い右ストレートであごを砕かれ、6回KOで敗れました。

試合後に救急車で病院に運ばれ、延々6時間半に及ぶ手術、金属プレートとボルトだらけのあごで1カ月半もの入院生活を余儀なくされる重症でした。

これほどまでのケガを負いながら打越は、ボクサー生活の継続に関し、迷い抜いた末に再起に踏み切るのですが、その決断に至る理由を「将来、結婚もするだろうし、生まれてくるだろう子供に“オレはこれだけやったんだ”と言うためにも、ここでくじけるわけにはいかなかった」と話したものでした。

全治6カ月の骨折から再起後の八重樫は昨年、腰痛が原因でまた、長期間のブランクをつくってしまいました。やはり、ボクサー生活を継続させるかどうか、悩みますが、八重樫は昨年10月に入籍し2人の子供の親になりました。

2度目の世界挑戦に臨む気持ちとしては「家族のため、子供たちのため、オヤジが一生懸命に戦っている姿を見せたい」といったところでしょう。骨は折れても、家族のために心は折らない、という強さです。

ムエタイ歴を含めて百戦錬磨の王者ポンサワンは、一筋縄ではいかない強敵ですが、ケガを乗り越えてここまできた八重樫には、熱いエールを送りたい気持ちです。

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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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