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映画「影の車」を見て・・・

◆川又 昂(かわまた・たかし) 1926年生まれ。1944年に日本映画学校撮影科を卒業後、松竹大船撮影所撮影部に入社。小津安二郎監督作品では撮影助手を務めた。1960年代、低迷する松竹を救ったのが「松竹ヌーベル・ヴァーグ」だったが、その第一弾「青春残酷物語」(大島渚監督)で撮影監督として手腕を振るった。また、松本清張作品の映画化を多く手がけた野村芳太郎監督作品にもカメラマンとして関わっている。

川又氏が言いました。

「ウ~ン、これは日本のホラー映画のハシリかもしれないねェ」

月イチのペースで開かれている「カワマタ・キネマサロン」(このシリーズは「文化・芸能」のカテゴリーに収めてあります)ですが、私がこのサロンに参加させていただいて4度目となる、10月30日開催の日に上映された映画は、野村芳太郎監督の「影の車」(松竹配給=1970年公開)でした。

当日は撮影に携わった川又氏も会場に姿を見せ、もう40年も前になる作品に懐かしげでした。

資料によると「影の車」は、1961年に松本清張が同タイトルで発表した連作短編の中の「潜在光景」を映画化したものです。6歳の子供が抱く殺意をめぐり、それは常識的にあり得ないと思いながらも、主人公が自ら6歳のときに、確かに持った殺意を記憶の底に潜在させていることに気付き、愕然とするというサスペンス・ストーリーです。

時代を超えて息づく清張文学のテーマ

松本清張の小説は、時代を超えて今なお、人気を維持し続けていますが、この作品で感心させられたことの一つは、6歳の子供に殺意はあるか、というテーマの投げかけです。今の時代、犯罪の低年齢化で小学生低学年でさえも、一つ間違えば・・・が、当たり前のようになっていますが、作品が発表された1960年代に、それが当たり前だった、とは言い難く、先見の明を含めた着眼においては“さすが社会派”とうならされる思いがしました。

さて「影の車」ですが、妻のある浜島幸雄(加藤剛)がある日、バスの中で偶然に幼馴染みの小磯泰子(岩下志麻)に声を掛けられたことをきっかけに関係が深みに入り込んでいきます。夫と死別した泰子は6歳の健一と二人暮らし。泰子との仲をより良くするためにもし浜島は、この健一との中をスムーズによるよう務めますが、うまく行きそうでうまく行かず、次第に健一の自分への殺意を感じ始めてしまいます。

なぜか? それは浜島自身、健一と同年代のころ、父をなくした母(岩崎加根子)がオジ(滝田裕介)と親密になるにつれてオジへの殺意が生じ、磯釣りの際にオジが体をつないでいた命綱を切ってしまい、転落死させた記憶に重なって行きます。

浜島は健一の行動一つ一つに自分への殺意を感じ、ついにナタを持って自分を襲ってきたとして絞殺してしまいます。取調べの際に刑事(芦田伸介)が「ふざけるな! 6歳の子の殺意など誰が信じるか!」と怒鳴る中、浜島は「あるんだ!」と悲痛な声を上げて「終」がでます。

思わずため息が出てしまう“重さ”ではありましたが、上映後、川又氏を囲んでの懇談会では、再三、出てきた加藤剛と岩下志麻の濃厚なラブシーンに触れ「おシマは案外、平気で(濡れ場を)演じる人でしたね。でも、ここ(胸部をたたいて)が全然・・・だからね。カメラマンとしては、ふくらみを見せたいときは、それなりの替え玉を用意してもらいました」と最後は爆笑に包まれ、重いムードを和らげた次第でした。

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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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