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南アに吹く風は?

サッカーのW杯南アフリカ大会がいよいよ幕を開けます。
6月11日の地元・南アフリカ-メキシコ戦で開幕。日本の1次リーグ(E組)日程は、14日カメルーン戦、19日オランダ戦、24日デンマーク戦となっていますが、直前4連敗という迷走のまま突入する岡田ジャパンの今大会は、果たしてどうでしょうか。

さて、4年に1度開催のW杯は、今回の南アフリカ大会で第19回を迎えます。
国民の関心度で今大会、どうにも“いまいち”の感は拭えない日本はともかく、世界的な熱狂度では五輪をしのぐ今日の隆盛を見るにつけ、80年前の1930年、国際サッカー連盟(FIFA)が主催した第1回ウルグアイ大会の開催は、まさに歴史的、画期的なイベントだった、と思わざるを得ません。

欧州諸国でさえ船旅で約2週間はかかっただろう南米への遠征。地区予選などというぜいたく? なものなどなく、参加はとにかく、来られる国は来てくれよ、といった感じでわずか13カ国。FIFAも呼びかけには必死だったことでしょう。

この当時の日本のサッカー界は? といえば、1921年に大日本蹴球協会が創立され、1929年にFIFAに加盟。大会が開催された1930年(昭和5年)の世相は、昭和史をひもといてみると、1923年の関東大震災から復興してようやく楽しみが得られるようになった、とありました。モガ、モボたちが“銀ブラ”を謳(おう)歌して、昭和初期の日本で最も人気のあった映画を楽しんだ時代です。

FIFAから日本の協会に第1回大会参加への要請があったかどうかは不明ですが、あったとしても当時、娯楽が普及しつつも、サッカーごときで地球の裏側までの遠征なんてとんでもない、といった情勢だったのではないでしょうか。

もし、勇気の決断で日本がウルグアイ遠征を果たし、歴史的な13カ国の中に加わっていたならば・・・。

1998年フランス大会で初の本戦出場権を獲得したアジア地区第3代表決定戦での勝利「ジョホーバルの歓喜」まで、実に68年の長きを考えれば、あるいは日本のサッカー界はこのとき、千載一遇の歴史的チャンスを得ていたのかもしれないし、また、言われ続けるサッカー後進国ではなくなっていたかもしれないのです。

低迷する岡田ジャパンへの風当たりは強く、世間的な関心度が低いと言われます。
が、日本代表が初戦のカメルーン戦をものにすれば、関心度はガラリと変わってくることでしょう。

だいたい事前の関心度などというものは、まだ何もしていない菅内閣への支持率がなぜか高いことが示すように“気まぐれ”なものです。

日本代表はまず、初戦突破を成し遂げて国民をオオッと振り向かせ、南アに吹く風を“旋風”に変えて熱狂に持っていけるかどうかはそこからです。


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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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