集団就職の時代にあったもの

西岸良平原作の漫画「三丁目の夕日」を映画化した「ALWAYS 三丁目の夕日」(東宝配給=05年11月公開)の中、赤いホッペで一生懸命、額に汗して、けなげに働く星野六子(堀北真希)は、可愛らしく、一途な純情娘で印象的でした。
(注=第2作の「続」は07年11月に、第3作は12年1月に、それぞれ公開されています)

彼女は青森からの「集団就職」で上京。履歴書に書いた特技の自転車修理を自動車修理と勘違いされて「鈴木オート」に就業させられる一方、集団就職に関しては長年、口減らしのために家族に捨てられた、と思い込んで悲しみ悩む少女役を演じています。

舞台は1958年(昭33)の東京下町とされており、足音が聞こえ、やがて始まる高度経済成長の時代に向けて、人々がまだ残す、ほのぼのとした交流、喜怒哀楽が、人間くさく描かれていました。

飾り気のない作業服がなぜかよく似合う“掘北”六子を見ていると、伊沢八郎の「あゝ上野駅」が聞こえてきそうです。六子は集団就職で東京にやってきたのですが、中卒者や高卒者を乗せた「集団就職列車」は、資料によると、昭和30年ころから始まり、ピークは昭和30年代後半から同40年代前半あたり、運行を終えたのは1975年(昭50)とありました。

さらに詳しく調べてみると、それは戦前に既にあり、1939年(昭14)のきょう4月9日午前6時56分、秋田から高等小学校を卒業した少年・少女たちを乗せた列車が東京駅に到着。これが「集団就職列車」の第1号だったそうです。

73年前の今日、集団就職列者が走った!

集団就職による就業などは、今の時代にはもう、過去のことでピンと来ない出来事でしょうが、とにかく労働力を必要とした人手不足の時代が到来した当時は、中卒者は“金の卵”として、雇う側にしてみれば、ノドから手が出るほどの存在だったといわれています。

さまざまな分野に労働力を提供することで、日本の高度成長を下から支えたという意味で、集団就職組の役目は大きかったと思いますが、一方、強いハングリー精神の持ち主、あるいは東北人の粘り強さ、などで、スポーツ界への貢献もまた、見過ごせないものがあったのでは? と思います。

特に、故郷を背負って出世に邁(まい)進する大相撲界は、夢を乗せられる世界であり、つらい修行の日々があっても、彼らにとっては“故郷に錦を飾る”という、負けてはいられない気持ちがあり、それが強さを構築する原動力となっていました。まさに「金は土俵の中に埋まっている」との言葉通り、土まみれの精進です。

昨今、外国人勢が強い大相撲界は、かつて日本人力士にあった、集団就職列車に乗って上京したときの“負けじ魂”が、今は彼らの方にある、ということも、ひとつの説となっています。

それはボクシング界においても同様であり、就職はしたものの、若年者に与えられた単純労働の日々で不満が積もる中、自分の居場所はリングの中にある! と世界チャンピオンを目指すハングリーな気持ちは、多くの若者が持ち、それが強さを生んでいた時代がありました。

時代の変遷は、そうしたことによって生まれる強さを、もはや過去のものと失わせていますが、では平成世代が今後、それに代わるどういう形での強さを見せてくれるのか、さまざまな形を注目して見て行きたいものです。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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