FC2ブログ

残酷的な“暗”への涙

スポーツ新聞の記者として長い間、スポーツの現場で取材活動を続けてきましたが、そこで出会う敗者の姿は、ある意味、勝者の姿以上に気になり、彼らはその悔しさを乗り越えて、これからどう立ち直っていくのだろうか、ということが、常に取材する側の興味、というより気にかかる一面としてありました。

例えばプロボクシングであれば、ひとつの負けがときとしてボクサー人生を左右する局面となることもしばしばあり、そこから再起するに至る過程、決断は、ドラマチックでさえあります。

あるボクサーは「もう辞めよう」という気持ちと「こんなことで辞めるわけにはいかない」という気持ちが日替わりで起こり、揺れ動く胸中をコントロールできずに悩む日々が続く苦しさを明かしてくれたことがありました。

それでもボクシングなど個人競技であれば、負けも、それに至ったミスも、すべてを自分ひとりで背負い込むことができ、他人に迷惑をかけるわけではない、という“自分との戦い”に終始することができます。

これが新春恒例の「箱根駅伝」とか、トーナメント制で負ければ後がない「高校野球」とかの団体競技になると、ミスを犯してチームを敗戦に追い込んだ選手の悲劇性は、自分の不甲斐なさに仲間への申し訳なさが加わってグンと高まります。

「箱根駅伝」ではブレーキにより襷(たすき)をつなぐことができなかったケース。また「高校野球」では満塁のピンチから押し出してしまい敗れた投手、飛球を落としてチームを敗戦に追い込んでしまった外野手、など多くの悲劇が生まれます。そうした彼らは、この痛恨をその後の人生にどれだけ引きずるのだろうか、などは、歓喜と栄光に満ちた勝者たちの“明”とは対照的な“暗”の部分でしょう。

延長戦の前・後半計30分が終わり、勝負がPK戦に持ち込まれたとき、思わずため息が漏れてしまいました。サッカーのW杯南アフリカ大会での決勝トーナメント1回戦、日本vsパラグアイ戦の激闘です。勝ってくれ! という気持ちより、ああ、とため息が漏れてしまったのは、負けたチームに必ず出る、残酷的な“暗”を背負う選手を思ってしまったからでした。

それが日本のDF駒野友一(28=磐田)となってしまったとき、チームメートの励ましやいたわりを受ければ受けるほど顔を伏せて沈む駒野の姿は、本当に痛々しいものでした。

あるボクサーが言いました。

「気持ちが落ち込んでどうしようもないとき、ジム関係者とか仲間たちが、さまざまに励ましてくれる。が、これからどうするか、の結論は結局、誰にどう励まされれようとアドバイスを受けようと、最後は自分自身で出さなければならないのです」

駒野に苦しいイバラの道はしばらく続くでしょうが、立ち直って再び、元気な姿を見せてくれることをただひたすら願うばかりです。

スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

最新記事
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ
最新コメント
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

アクセスランキング
ランクアップにご協力下さい
↓↓↓↓クリック↓↓↓↓
QRコード
QR