難しい幕の下ろし方

引き際の決断-。

第一線で活躍するスポーツ選手には、必ずやってくる、避けては通れない“難題”でしょう。

体力の限界、気力の衰え、後進の台頭・・・などなど。身を引こうかと思うさまざまな要素が襲いかかる中で〈選手たちは、どういうときに引退を決意するのだろうか〉というテーマを、スポーツ関係者とよく話すことがあります。

プロボクシングの元世界王者・浜田剛史氏(帝拳プロモーション代表)は、自らの経験を踏まえて「やったことに悔いを残しているかいないか、は大きなモノサシになりますね」と言いました。

やはり帝拳の、長きにわたってジムのマネジャーを務め、選手たちの気持ちを知り尽くす長野ハルさんは「(試合に)負けたとき、負けた理由が分かって、それが希望につながるなら再起(続行)するでしょうね。つながらなければ絶望的になり、それなりの決断(引退)を強いられることになると思います」と話してくれました。

プロ野球の“鉄人”金本知憲外野手(44=阪神)が9月12日、今季限りでの現役引退を表明した出来事は、金本が、前人未到であり、これからも達成者は恐らく出ないだろう、1492試合連続フルイニング出場の記録を達成するなど、第一線で頑張り続けることこそが“金本流”と熱く思う選手だけに、ここに至るまでの過程には、相当の逡巡があっただろう、と思います。

引き際の決断は自分への勇気の出し方

引き際に際しての“美学”というものがあるなら、それは各人がこれまでしてきたことに深く関わり、方向性はさまざまです。以前、私たちの周辺で、あなたは「高田延彦型ですか?」それとも「船木誠勝型ですか?」という問いかけが流行(はや)ったことがあります。

古い話になりますが“平成の格闘王”と呼ばれたプロレスラーの高田、格闘技団体パンクラスのエースとして活躍した船木とも、2000年にファイターとしての転機が訪れました。

そう、1997年と1998年の、いずれも10月、グレイシー柔術のヒクソン・グレイシー(ブラジル)と戦って2度とも負けた高田は、その後、2000年1月にホイス・グレイシー(ブラジル)と戦うことが決まり、その試合に負ければ引退することを表明していました。一方、同年の5月、船木は、高田の敵(かたき)を討つべく、ヒクソンとの戦いが決まりました。

さて、それぞれの当日・・・。ホイスに敗れた高田は、しかし、控え室に戻って突然、前言を撤回、リングに忘れ物をしていることに気がついた、と「もう一丁!」を宣言。引退どころか、負けても負けても、まだまだと総合格闘技の世界に“カッコ悪く”のめりこんでいきました。

ヒクソンに「チョーク式裸締め」で失神させられて敗れた船木は、その直後、4万人観衆の前で引退を表明。突然の出来事に周囲は驚き、惜しい、まだやれるのに・・・などの声を背に船木は、15年間の格闘家人生にさっぱりと幕を下ろし、映画俳優への華麗なる転進を“カッコ良く”決めました。

2人のどちら? というなら、金本は「高田型」でしょう。が、高田型には必ず、高田自身もそうでしたが、最後にはボロボロになってしまいます。金本にしても、10年3月に起こした右肩の負傷以降、思うようなプレーが出来なかったことを明かし、会見では「この3年は、みじめというか、みっともなくて、かわいそうというか、こんな苦しい人生があるのか、という思いでした」と語っていました。

多くのスポーツ選手に接し、多くの引退のときも見てきましたが、もし引退に“美学”があるなら・・・それは、煩悩にのたうつ自分を始末する勇気の出し方、にあるのでは、と思います。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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