禁煙は難しいか?

手元に“変なモノ”が取り置かれています。

いかにも大事そうに? ケースに入れられた1箱のタバコと100円ライターですが、タバコのパッケージにはボールペンで「2010年9月22日」と記され、箱の中に6本のタバコが残されています。

そうです・・・これは、私がタバコにサヨナラした日の、いってみれば記念品? なのですが、この年は10月からタバコの主要銘柄が一斉に値上げされており、私の禁煙の理由がソレではなかったにしても、今にして思うと、タイミング的には“良いとき”だったようです。

新年を迎えて「今年こそは!」と禁煙に着手している方も多いことでしょう。タバコを吸う、吸わない、などということは、あくまで個人の嗜好の問題ですから、他人がどうこう言うのは、余計なお節介以外の何ものでもありません。が、とにかくヘビースモーカーだった私がタバコをやめたときの状況を、ちょっと振り返ってみました。

2010年9月22日-。手帳のメモ欄には、その前日の9月21日、友人と盛り上がって痛飲、深夜まで、と記入されています。

ムチャ吸いの反動があり・・・

タバコ好きだった父親が常に手にしていた「ピー缶」(缶入りのピース)から数本、こっそりと失敬して、自宅近くの川っ淵で面白半分、吸ってみたのが中学3年のときでした。クラッときて目の前が真っ暗になり、座り込んでしまった、などということは、誰でも最初のとき、経験していることではないでしょうか。

そのときから実に50年余、延々とタバコを吸い続けてきたのですから、怖いといえば怖い生活習慣だったかもしれません。

特に私の場合は、新聞社に入社後から1日2箱(計40本)を手離せず、原稿を書くとき、人と会って話すとき、1日の仕事を終えて飲むとき、など、タバコはリズムとして身についてしまい、世の中がどう禁煙志向に向かおうと、私がこれをやめることは絶対にないだろう、という情勢にありました。

その本数がまたまた、グ~ンと増えてしまったのは、デスク(運動部部次長)勤務時代だったでしょうか。日々、深夜に及ぶデスクワークのイライラ、ストレスから1日80本(4箱)などという“チェーン・スモーク”のときもありました。

現職を離れ、新聞社独特のその種のストレスからは解放されたものの、長年の生活習慣からは簡単に脱却できず、しかし、年齢的なものもあり、タバコに関する私の自戒は「起床直後の5本」をまず、何とかしたい、という気持ちは、消極的ですが、芽生えていました。

それには、結果的に9月22日の「前日9月21日」が、大事な役割を担うことになりました。

友人と盛り上がり、痛飲したその日は、タバコに伸びる手も休みなし、だったと思いますが、そのせいか、翌日9月22日の起床時、荒れ放題のノドで声がガラガラ、タバコを吸う気にもなりません。禁煙への意識などまったくありませんが、これにより、やめられなかった「起床直後の5本」が、自然にクリアされてしまいました。

あれれっ? といった感じでこの日、午前中、午後も・・・さらに1日中、が、苦もなくできてしまったのです。

プロボクシングの元世界王者の浜田剛史氏の言葉が思い出されます。

〈苦しいとき、どうしますか? まず、30分の我慢です。できたなら、次は1時間・・・さらに1日。「克服」ということは、小さなことの積み重ねなのですね〉

まったく、その通り! ですね。1日できてしまえば2日、さらに3日、と続きます。その段階を思い出してみると、タバコを吸いたいという欲望より、何日続くのかな? という吸わないことへのチャレンジのほうが勝(まさ)っていたように思います。

「禁煙」より自分の意志で行う「断煙」意識で

冒頭に述べましたが、タバコを吸う、吸わないは、あくまで個人の嗜好の問題ですから、神奈川県が2010年4月、全国に先駆けて施行した「受動喫煙防止条例」などは、当時の神奈川県・松沢成文知事が胸を張るほど、私は評価していません。なぜなら、これは愛煙家たちの公衆的マナーの問題であり、その種のものを条例で縛ることは余計なお世話、ちょい筋違いではないか、と思うからです。

関連して、禁煙に関しては、その「治療」(果たして治療なのでしょうか?)が保険適用になるなど、医院の「禁煙外来」がにぎわっているのだそうです。が、私が思うことは、禁煙したいのなら「他力本願ではムリ」ということです。

私自身は「禁煙」という言葉が大嫌いです。なぜなら、この言葉には、神奈川県の条例のように第3者からの「やめろ!」という押しつけが感じられるからです。私が1日、2日、さらに3日・・・と吸わない日を伸ばせていけたのは、手元の常にタバコを置きながら「禁煙」より「断煙」の意識でいたからだと思います。

「断」は、例えば「断食」など、自分の意志でことを行う意味合いが強く、タバコをやめたいのなら、自分自身で切る、ことが、一番の近道ではないか、と思います。

タバコをやめて約2年半ほどが経過した私ですが、気持ちの上で、他人が吸うタバコはまったく気になりません。むしろ、煙もうもう、受動喫煙のど真ん中に身を置いたところで、別に気になることもありません。

人は“おかしいのでは?”などと笑いますが、この程度の緩さ、つまり、タバコなんてどうでもいいこと、と楽に構えた方がいいのでは、とも思います・・・どうでしょうか。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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