大横綱が教えてくれたこと

「調子はどうですか?」という言葉は、深い意味はありませんが、話の糸口として、軽く便利によく使われます。

例えば初対面のスポーツ選手(でなくとも構いませんが・・・)を取材するとき、当たり前のことですが、いきなり核心に触れて緊迫ムードになってしまうより、まず、調子はどうですか? と当たり障りのないところから入り、徐々に核心~聞きたい肝心の部分~に持っていくほうが、流れとしていいに決まっています。

この「調子はどうですか?」という、決まり文句的な私の問いかけに過去、怒りをぶつけてきた人が2人います。1人は大相撲の元横綱・大鵬(本名・納谷幸喜さん)、もう一人はプロボクサーの元WBC世界バンタム級王者・辰吉丈一郎(大阪帝拳)です。

まず、辰吉ですが、1999年8月に引退を発表、それから約3年後に周囲の反対を押し切って復帰を表明したことで、その真意を聞くために大阪帝拳に出向いたときでした。

聞く側としてはやはり、いきなり核心には触れにくく、軽く、返事などはどうでもいい「調子はどうですか?」から入りました。が、このとき、辰吉は「そんなん、やめましょ。ありきたりのことを聞かれても、しゃべる気にならん!」と、こちらの内面を見透かすように口をとがらせ、自らが抱くボクシングへの情熱を“要するにオレのわがままです”と語り始めたのでした。

さて、次は・・・というより、ここで書きたいのは大鵬です。

私は1969年(昭44)春にスポニチに入社しましたが、翌年の70年(昭45)から大相撲担当を拝命しました。概して口が重く、簡単に話が聞けない力士を相手にする大相撲担当は、新人記者の格好の修行の場でもあったのです。

そのころ、全盛期を終えた横綱・大鵬が晩年を迎え、初場所後に北の富士(現・評論家)と玉乃島(故人)が同時に横綱に昇進、春場所からは日大から輪島(元横綱)がデビューするなど、大相撲界は、新時代を築こうとしていました。

“努力の人”が記者の努力不足に怒った

初場所を休場した大鵬は、春場所で復活優勝したものの、依然、不安は消えず、担当記者はマークを外すことができない日々を余儀なくされていました。

その年(1970年)の名古屋場所のことでした。いつものように場所前の連載記事を書くために、駆け出し記者の私は毎朝、各部屋に顔を出し、稽古を見ながら注目される力士の取材を続けていました。この連載に当然、大鵬の情勢を取り上げないわけにはいきません。

ということで、状況が状況だけにかなり気が重い大鵬取材のために、二所ノ関部屋に出向いたわけですが、考えてみたら、大鵬との一対一のインタビューは初めてのこと、私の緊張感はピークに達しており、大鵬が現れた瞬間、用意していた質問事項はすべて忘れてしまうありさまで、思わず口をついた言葉が「調子はどうですか?」でした。

その言葉を聞いた大鵬は、厳しい目で私をニラむと「君は横綱に調子を聞くのか」と怒りをぶつけてきました。返す言葉がない私。気まずい沈黙・・・。大鵬が言いました。

〈君はまだ新人だから分からないだろうけど、横綱というものは、出場を決めたら、調子が良かろうと悪かろうと、やるしかないのだ。そこで出た結果もまた、自分の責任で対処するしかないのだよ〉

というようなことを語り、奥へ引っ込んでしまいました。

肩を落として帰路に着く私に、顔見知りの呼び出しさんが声を掛けてくれました。

〈横綱の機嫌をそこねてしまったようだね。でも気にするな。こっちも勉強し、あきらめず、粘り強く飛び込んでいけば、必ず応えてくれる人だから・・・〉

その名古屋場所、大鵬はやはり不調、右足首を負傷して途中休場となりました。その後も気力で立ち直り、1971年(昭46)初場所で優勝(最後となった史上最多の32回目)を飾りましたが、衰えは隠せずに同年夏場所の5日目、貴ノ花に敗れて引退を表明したことは周知のことです。

昭和の大横綱・大鵬の納谷幸喜さんが1月19日午後、亡くなりました。72歳。

私が駆け出し記者のとき、一対一のインタビューに大失敗! を経験させてくれた大横綱は、大相撲界の頂点に立
つ横綱という地位を背負うものの重さを教えてくれるとともに、記者が人から話を聞くときは、準備し過ぎといえるほどの準備で引き出しを数多く、持っておくくらいの「努力」こそが必要、ということを厳しく教えてくれた、と思っています。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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