忘れたくない名言に触れて・・・

ゴルフに関する名言・格言の類は、数多く残されていますが、そんな中、私が好きなものの一つに、大谷光明氏の「法律は悪人が存在するものとしてつくられているが、ゴルフ・ルールは故意に不正を犯すプレーヤーはいないという前提でつくられている」(摂津茂和著「不滅のゴルフ名言集」)というのがあります。

人目が隅々まで届かない、広大なコースで行われるゴルフ・ゲームは、不正を犯そうと思えばいくらでもできる可能性を持っています。が、もし最初から〈そういう不正を考えに入れていたら、おそらくゴルフというゲームは存在していなかっただろう〉と、同書ではこの名言を解説しています。

資料によると、京都・西本願寺第21代門主の三男である大谷氏は、1907年、22歳のとき、英国に留学してゴルフと出会い、以後、のめり込んでトップアマとして活動、日本のゴルフを組織立てるべく、規則を中心に競技の運営、コースの設計などを学び、JGA(日本ゴルフ協会)の創立に大きな役割を果たした、とありました。

いかにも“僧侶”らしく、大谷氏の言葉は、ゴルフを「人間の善意を信頼したゲーム」と位置づけています。関連して「ゴルフにレフェリーはいない。プレーヤー自身がレフェリーである」という、よく聞かれる言葉も、プレーヤーそれぞれが、自分に言い聞かさなければならないことでしょう。

・・・とすると、ゴルフ規則の存在というものは、プレーヤーの“故意ではない過失”に対して罰則を与え、他のプレーヤーとの公平を期すためにあるわけですが、まあ、いってみれば、その背景にある最も大切なものは、ともに「フェアプレーの精神を尊ぼう」というところに行き着くのでしょう。

ゴルフよりテーブルマナーを、の意図は?

かつて、学生ゴルフ界の名門と謳われたN大学に“怪物”呼ばれたゴルファー(卒業後にプロ転向)がいました。学生時代からプロ級のロングドライブを武器に敵なしの勢いで活躍します。ある年のこと、その怪物クンは、JGAの選抜メンバーとして米国チームと争う大会に出場することになりましたが、日本選抜チームを率いた監督は、その怪物クンに、球を打つことより、何とフランス料理のフルコースを無難にこなす「テーブル・マナーを習得して来い!」と命じました。

エッ! と驚く怪物クン。監督の言う「テーブル・マナーの習得」は、半分ジョークの“ものの例え”ではありましたが、言いたいことの真意は、要するに、社会的な常識を見につけて来いよ! ということでした。

つまり、1番ティーグラウンドから、ひとたびコースに出てしまえば、最終18番をホールアウトするまで、コース内で何が起きようと、出来事のすべての問題は、誰かが助けてくれるわけでもなく、プレーヤー1人で判断、決断して対処していかなければならないのがゴルフです。

そうした、ものごとを判断する基準をどこに置くか-。監督の考えは、社会的な常識が身についていなければ、判断する基準も置きようがないでしょ、ということでした。

結局、大谷氏が意図したゴルフ・ルールが存在する意味も、プレーヤー自身がレフェリーを務めることの意味も、すべて、ゴルフをする人間が、球を打つこと以前にまず、社会的なルール、常識をしっかりと身につけ、フェアプレーの精神を尊ぶ人間であってほしい、ということなのでしょう。

国内ツアーの2013年開幕を前に昨今、技術のうまい若手の台頭が見られる中、それ以前にあるべき原点は、どれだけ身についているのだろうか、と閑話ながら、ちょっと考えてみました。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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