“ザ・グレーテスト”に会った不思議な日

書棚に埋もれていた佐瀬稔著「敗れてもなお~感情的ボクシング論」(世界文化社刊)を久々に取り出して、パッと開いたところに「モハメド・アリ」の記述がありました。

〈アリの手品は何度も見たことがある・・・〉

佐瀬さん(故人)は、ボクシング記者の、というよりもっと広く、私たちスポーツ紙記者の大先輩です。スポーツ報知(当時・報知新聞)の運動部長などの要職で活躍後、退社してフリーとなり、ノンフィクション作家として多くの著書を出しています。

私は、佐瀬さんが書いた登山関係の本が好きですが、ボクシングの現場にも頻繁(ひんぱん)に顔を出しており、いつまでも衰えることのない、その精力的な取材活動は見習うべき、と本当に頭が下がる思いでした。

アリの記述は、こう続きます。

〈・・・一番印象に残っているのは、晩年、すなわち1978年7月、スピンクスとのリターンマッチに備えてディアレークの「アリ・キャンプ」でトレーニングをしていたときのことだ。6ラウンズのスパーリングをやったあと、アリは200人ほどの見物人の前で約20分間にわたってマジックを演じて見せた・・・(略)〉

さらに-。

〈(略)・・・たとえばケン・ノートン。アリと3度戦い、最初の試合でアリのアゴを砕き「大口を封じた男」として一躍名を挙げ・・・(略)ノートンは、引退したのちの1986年、交通事故に遭う。意識不明の状態が何日も続き、右半身不随、片足とアゴを骨折した。(略)そこに見舞い客が訪れる。「(略)あのころは、俺が生きたいのか死にたいのかわからなかった。それほどひどい状態だったんだ。だが、俺が目を上げると、ベッドのそばにすごいヤツが立っていたのを覚えているんだ。アリは、俺のためにマジックを見せてくれた」・・・(略)〉

実は私も、アリの手品を見たことがあるのです。・・・それは確か、1988年1月、アトランティックシティ(米ニュージャージー州)で行われた、統一世界ヘビー級王者マイク・タイソン(米国)のラリー・ホームズ(米国)を相手とした統一王座V2戦のとき、でした。

試合の日まで、慌しい取材活動が続いていたある日、アリが日本人記者のインタビューを受ける、という、一瞬、耳を疑うような、思いがけない出来事が、私たちに伝えられました。

あの手品は何を意味していたのだろうか?

その当時のアリと言えば、1981年12月のトレバー・バービック(カナダ)戦を最後に引退、その後、パーキンソン症候群の進行により、闘病生活を強いられている、ということでした。

アリ側が指定してきたその日、私たちは、半信半疑のまま、アリが宿泊しているというホテルの、指定された部屋を訪ねました。

照明が暗く落とされ、ちょっと入りづらいその部屋に、確かにアリが、キチンと背広にネクタイを着けて座っていました。そして・・・まるでスローモーションの映像を観(み)るような緩慢な動きで立ち上がり、ゆっくりと笑顔を見せ、何と手品を始めたのです。

その手品は、ハンカチが握った手の中で色を変える、といった類のものでしたが、成功して私たちが拍手をすると、アリは無邪気に喜んでいる様子でした。

病による緩慢な動作や手の震えは、1996年アトランタ五輪の際、聖火を聖火台に点火する大役を担ったアリの姿で世界に知られることになりましたが、私たちの前でも、アリは一生懸命に手品をして見せてくれたのです。

アリの時代が終わり、その後のヘビー級を背負ったタイソン~当時は日の出の勢いでしたが~そのことに関するアリへの質問は、残念ながら的確な返答は得られずじまいとなりました。が、私はその夜、体の動きも言葉も不自由なアリがなぜ、日本人記者の前で手品をして見せたのか、そればかりが頭に残り、寝つきが悪かったことを覚えています。

あるいはアリは、戦いでは常に見せていた怒りを、何かに叩きつけていた怒りを、リングを降りた今、笑いに変えて人々を楽しませたかったのかもしれません。

そうした不思議? があったこのイベントで、タイソンは無難に統一王座のV2に成功し、ついに次戦3月21日のV3戦を日本で行うことが決定。1988年3月18日に開場した東京ドームのこけら落としの一環としてトニー・タップス(米国)と激突することになります。

それは、アリが1976年6月、東京・日本武道館でアントニオ猪木と異種格闘技戦をやってのけ、日本中に賛否の渦を巻き起こしてから12年目の出来事でした。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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