敗者の痛み→その後は?

甲子園では目下、高校野球の熱戦が展開されています。

春のセンバツ大会にしろ、夏の選手権大会にしろ、毎年、こうした大会に接して思うことは、負ければ後がない、敗者復活戦などの“もう一丁!”がない、トーナメント制の厳しさであり、そして私は、常に「勝者の栄光」ではなく「敗者の痛み→その後」を気遣ってしまいます。

先に終了した「WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)」での日本代表“侍ジャパン”は、痛恨の走塁ミスで準決勝敗退、3連覇を逃しました。

対プエルトリコ戦。8回に1点を返し(1-3)なお1死一、二塁の反撃機。ベンチの「(重盗に)行けたら行け」という判断を選手に任せる指示の中、一塁走者・内川聖一外野手(ソフトバンク)が走りましたが、二塁走者・井端弘和内野手(中日)はスタートが遅れ、途中で帰塁。内川がタッチアウトされ、結果としてこの出来事が反撃ムードを摘み、内川は「自分のワンプレーで全部を終わらせてしまった」と一人、責任を背負う形で泣き崩れました。

日本時間3月18日に起きた、この痛恨の出来事は、一週間を経てもなお、野球ファンを悔しがらせ、飲み処(どころ)では各テーブルから、嘆きの声が聞こえてきます。悪いのはベンチなのか、井端なのか、はたまた内川なのか-。

が、彼らはプロであり、次に向けて「いつまでも落ち込んでなどいられない」(内川)という“汚名返上”の場があることは大きな救いでしょう。

古い話になりますが、1979年(昭54)夏、第61回全国高校野球選手権大会の3回戦で、とんでもない出来事が勃発しました。そう、あの有名な「箕島高(和歌山)vs星陵高(石川)」の、劇的な延長18回勝負です。

私はこのとき、高校野球取材で甲子園に来ており、幸運にも、後に高校野球史上最高の試合とされることになったこの試合を、最初から最後まで目撃する機会を得ました。

心の傷は自分で治すしかない

それは、本当に劇的、また劇的の連続でした。スポーツの記事で「手に汗握る熱戦」などという記述は、常套句であり、ある意味、都合のいい安易な表現なのですが、この試合に際しては、スコアブックをつけるのも途中でやめてしまうほど、まさに手に汗を握っていたことを覚えています。

試合は1-1のまま延長戦に入り12回、星陵が1点を加点した裏、箕島が2死から本塁打で追いつきます。さらに16回、星陵が1点を加点した裏、箕島が2死から、また本塁打で追いつきました。

痛恨の出来事は、その回に起こりました。箕島の攻撃、2死から打者の一打は一塁線へのファウルフライです。ネット裏の記者席では、これで長い試合も終わった、と誰もが安堵の声を上げていました。

が、その打球を追った星陵一塁手・加藤直樹(当時3年)が、土のグラウンドと人工芝の境目にスパイクをひっかけ転倒、補球しそこなってしまうのです。

その後に飛び出した同点アーチ! ああ無情-。

星陵の“暗”に救われた箕島は、その“明”を背負い、引き分け再試合寸前の延長18回裏、サヨナラ勝ちで、この長い戦いに終止符を打ちました。

試合終了後、記者席では、どの社の誰もが、しばらくの間、立ち上がれず、この凄い試合をどう整理したものか、
と四苦八苦の様子でしたが、このとき、私が真っ先に頭に浮かべたことは、転倒して補球しそこなった加藤一塁手はこれから、どういう人生を送るのだろうなァ、ということでした。

それから長い年月が経ちました。

私自身、担当するスポーツ分野もさまざまに替わり、箕島vs星陵の熱い戦いも、次第に記憶の外に押し出されて行くようになりましたが、それがよみがえったのは、両校のOB戦が定期的に行われることになった、という新聞記事でした。

当時の星陵ナインを含むOBは毎年正月、星陵高野球部を率いる山下智茂監督(現・引退)宅に年始に出向くそうなのですが、卒業後の加藤さんは、その場にいつもいなかったこと、山下監督自身も、ずっと加藤さんが気になっていたこと、などがあり、やっとこのOB戦に加藤さんが姿を見せ、皆が再会を喜んだ、ということでした。

こういう話があると、本当に心からホッとする思いです。加藤さんは卒業後、さまざまなものを背負って、かなり悩みもしたことと思います。そしてこれらのことは、加藤さんに限らず、例えば痛恨の落球とか痛恨の四球押し出しとかで決勝点を献上など、試合がある以上、避けては通れないことであり、誰かが背負う痛恨事でもあるでしょう。

必ずしも「ときは心の傷を治す」などと言い切れるものではありません。やはり、自分が何を思い、自分で痛恨事をプラスに変えなければ、解決はあり得ません。たとえそういうミスを起こしてしまったとしても、当該選手は、前向きの行為の結果として捉え、立ち直ってもらいたいと思います。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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