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今どきの七夕談議

唐突な梅雨明け宣言から2日目の7月7日、茅ヶ崎市(神奈川県)在住の友人から声が掛かり出向きました。

私が住む藤沢市の隣に位置する茅ヶ崎市は、JR東海道本線の「藤沢駅」から小田原方面に下って2駅目、約5分の距離ですが、その1つ先、藤沢駅から3駅目が「平塚駅」です。

一気に夏の強い日射しに照りつけられたその日、街中には“浴衣姿”の若い女性があふれ返っていました。電車の中も浴衣、浴衣でびっしりです。そうか、きょうは「平塚の七夕祭り」(7月5日~7月7日=「湘南ひらつか七夕祭り」)の最終日か、それで-。

それにしても、昨今の浴衣人気はすさまじく、夏の風物詩、などというのんびりした風情を超える勢いです。

そもそも浴衣などというものは、もともと、入浴後の汗取り、風呂上がりのくつろぎ着として位置づけられており、家の近隣ならともかく、浴衣姿で電車に乗って遠出などありえない! などと文句を言ってみても、ファッションとしての浴衣は、どんどん一人歩きして、浴衣のイメージを超えた独自の“手軽な夏着物”としての地位を築きつつあるようです。

そんなこんなで友人との雑談でのテーマは、若い女性の浴衣姿から、隣の平塚市でにぎわっている七夕談議へと移行していきました。

平塚市の七夕祭りは、宮城県仙台市、愛知県安城市(他地区にも候補はあるとのことですが)と並んで日本の3大七夕祭りとされるほどの規模です。資料には、第1回が1951年(昭26)に行われた、とありましたから、今夏で実に第63回を数え、まさに“継続は力!”の貫禄となっているようです。

「短冊に 何を祈るか 浴衣女子」

が、ちょっと待てよ、と友人が言いました。クレームは“商業主義の七夕祭り”です。そもそも七夕って何? にぎやかで人が集まって混雑する“祭り”の部分があってもいいが、やはり、本来の姿も尊んでほしいよな、というもっともな意見です。

七夕行事は、織物の上達を願う中国の宮廷行事「乞巧奠(きっこうでん)」が起源だと言われています。宮廷夫人たちは7月7日夜、祭壇に針を捧げ、庭にはムシロを敷いて酒、さかな、果物などを並べ、香を焚き、星を眺めながら、機織(はたおり)の上手な「織女星」に、織物など針仕事、手作業が上手になるように祈った、とのことでした。

織姫&牽牛の七夕伝説は、若い宮廷夫人たちの、この真摯な行事、乞巧奠に関連づけられて語り継がれているようです。機織に牛飼いに、ともに働き者だった2人が、結婚して夫婦になったとたんに楽しい生活の方が先になり、仕事は後回しになってしまいます。

それに腹を立てた“天の神”が、2人を分け、会うのは「一年に一度だけ!」と、厳しい裁定を下してしまいました。2人にとっては悲し過ぎる仕打ちとなりましたが、その一方、年に一度のデートを楽しみ(支え)として日々の仕事に、以前にも増して精を出した、という教訓的なものも含まれているようです。

「っていうかァ~、それって遠距離恋愛?」「ムリ! そんなのムリ。耐えられない!」

「織女星」のこと座(ベガ星)と「牽牛星」のわし座(アルタイル星)が、7月7日に接近することで“年に一度の逢瀬(おうせ)”と語り継がれるロマンチックな七夕伝説も、今どきの着飾った浴衣女子にかかってはブーイングの嵐のようです。

針仕事だ、裁縫だ、はたまた機織(ハタオリって何?)だ、などの根気のいる手仕事とは、とても縁のなさそうな彼女たちは、その日、短冊にどんな願い事を記したのでしょうか。

そして・・・です。慣れない浴衣姿の行動でくたびれ果てた帰り道、電車の中でくれぐれも、裾を広げて居眠りなどしないでくださいね。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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