亀田和毅の“培われた”強さ

プロボクシングの元WBAスーパーライト級王者・平仲明信氏(平仲ボクシングスクール主宰=沖縄・豊見城市)は、1992年4月10日、メキシコシティで開催されたWBA世界ジュニア・ウエルター級(当時)タイトルマッチで王者エドウィン・ロサリオ(プエルトリコ)を1回TKOに下し王座を獲得しました。

海外のリングで王座を獲得した数少ない日本人ボクサーの一人ですが、当時を振り返って、こう話しています。

〈リングに上がってしまえばどうということはないのですが、そこにたどりつくまでは、日本でやるときとは比較にならないほどの、ケタ違いのプレッシャーに襲われていましたね。怖さも日に日に高まっていきました。ただ、ひたすら、練習でやってきたことを信じて、自分で自分に“大丈夫だから”と自己暗示をかけていました〉

亀田3兄弟の末弟・亀田和毅(22=亀田)が新王者となったWBO世界バンタム級タイトルマッチ(8月1日)は、フィリピンのセブ市で開催されました。

日本プロボクシング協会は、今年4月、WBOとIBFを新たに承認した際、予想される王者の乱立現象を防ぐため、世界王座挑戦の資格として、世界・東洋・日本のいずれかの王者経験者、という内規を定めました。

その資格に該当しない和毅は、内規が適用されない“管轄外”の海外リングで世界挑戦せざるを得なかった、というのが、フィリピン開催となった経緯です。

海外のリングで果たした悲願

王者パウルス・アンブンダ(32=ナミビア)の母国ではなかったとはいえ、平仲氏は「和毅には私と同様のプレッシャーがあったろう」と言いました。が、リングに上がった和毅は、落ち着き払い、持ち味の速いジャブを武器とする自分のボクシングをまったく見失っておらず、平仲氏は、その“平常心”に驚きを隠せないでいました。

今年3月2日、WBO世界バンタム級王者プンルアン・ツーシンコー(タイ)から王座を奪ったアンブンダの戦法は、ガードを高く、ガッチリと固め、打たれても前進して距離を詰め、接近戦で優位に立つ、というものでした。

アンブンダは、アマチュア経験も豊富にあって手数も多いだろうし、まともに打ち合ったら危ないかも・・・と予想した平仲氏は、プルンアン戦と同じ戦い方をしてきたアンブンダに和毅がつき合わず、フットワークを使って自分の距離を保ったことは大きかった、と“勝負の分かれ目”をここに求めました。

展開としては、ともに決定打がなく、手数では、アンブンダがしっかりガードを固めた分、和毅のほうが、やや上回る、といった程度で互角のラウンドが続きました。

そんな中、前進を続けるアンブンダの「攻勢点」か、足でかわして高速ジャブ、機を見て放つ和毅のボディー攻撃か、と見方はさまざま、あったでしょうが、ジャッジは後者に軍配を上げ、和毅の3-0判定勝ち、悲願の戴冠となりました。

和毅は、中学卒業後に単身、メキシコにわたって修行、08年11月、17歳のときにメキシコでプロデビューしています。ここに至るまでは、つらく厳しい道のりでしたが、結果としてそれが、海外のリングでも平気で戦える度胸を養い、世界初挑戦という大舞台に生かされた、といえるでしょう。

新王者となってこれから・・・平仲氏は、和毅へ「もっと攻めて倒すボクサーになってほしいね」と期待が大きい分、注文もしっかり出していました。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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