“聖地”が与える試練の厳しさ

「悔しさは、もちろんある。でも、これがゴルフだな、という感じ。ネガティブにはとらえていない」(スポニチ本紙から)-。

熱戦を展開中のUSLPGAツアー(海外女子ツアーの今季メジャー第4戦)「全英リコー女子オープン」(英国=セントアンドリュース・オールドコース)で第2日、79と崩れ、通算4オーバーで予選落ちした宮里藍(28=サントリー)のコメントです。

こう語る宮里の顔は「明るく、笑みも浮かんでいた」と報じられていましたが、むしろ、むき出しの悔しさで、クラブでも投げつけ、怒りの感情を露(あら)わにしてくれたほうが、見守る側にとっては、どれほど気が楽だったことでしょうか。

言葉などでは言い尽くせないほどの悔しさは、本人が一番、よく知り、感じていることでしょう。

第1日、3アンダーで回り、首位に3打差とまずまずのスタートを切りました。

宮里の胸中には、6年ぶりの開催となった“ゴルフの聖地”セントアンドリュース・オールドコースとの、立ち直った自分の成長を見てほしい、という、目には見えない“対話”があったことだろうと思います。

07年シーズンの途中から、宮里は、出口が見えない深刻なスランプに陥りますが、その兆(きざ)しがあったのが、同年8月のこの大会でした。最終日の17番、ティーショットを右方向にあるホテルに2発打ち込み、連続OB、ショットの違和感に首を傾げました。

魔の13番「9打」が意味するものは?

そこから始まった苦しい日々を経て、09年7月の「エビアン・マスターズ」で米ツアー初優勝を飾り、ようやくスランプから脱出した宮里は、復活して戻ってきた2度目の“聖地”での戦いに手ごたえを感じ取っていたはずです。

第2日も、リンクス特有の強い風が吹き始めた中、前半アウトを終えて1ボギーの通算2アンダーと粘り、我慢のゴルフを続けます。が、ゴルフは、本当にどこで何が起きるか分かりません。12番でボギーの後の13番、ショットが乱れ、ポットバンカーに苦戦し、パー4のホールで信じ難い「9」を叩いてしまったのです。

ゴルフという心理の綾が複雑に交差するメンタル・ゲームへの人の対応の仕方を以前、今は解説で活躍する森口祐子プロが話してくれたことがあります。

〈ゴルフっていろいろな意味で自分が試されるゲームなんですよね。若いときは365日、自分の日でなくては嫌だったけど、歳をとった今は、素直に向き合えるようになっていますね〉

泣く子も黙る岐阜関の井上清次氏(故人)の門下生。心身を厳しく鍛えられた森口プロは、持ち前の負けじ魂で“戦うゴルフ”を展開、トッププロにのしあがりました。

が、その後、内臓疾患で入院、親の死などが重なり、心身が荒波にさらされました。そして・・・そうした人生の試練のときを経て見えてきたものは、自分の心次第でどうにでも変わるゴルフというゲームの本質、奥深さ、だったと言います。

つまり・・・コースとの対話、自然を受け入れる素直な心-。

“聖地”が、宮里の13番を、なぜ「魔」に変えたのでしょうか、何を求めたのでしょうか。こういうことが起きると、ゴルフはつくづく、これでいい、ということがない、過酷なゲームだなァ、と思います。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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