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教訓は生かされていますか?

今年の年賀状の1枚にこんな文面がありました。

「杞憂? いつか来た道? 1923年関東大震災→2011年東日本大震災」

私の高校時代の友人からのものでしたが、1月17日、阪神淡路大震災の発生(1995年=平7=午前5時46分)から19年、来年は20年の節目を迎えることにより、妙にこの「杞憂?」が浮き彫りにされました。

東日本大震災の発生(2011年3月11日)から、この春で3年-。私たちの「防災意識」は向上しているのでしょうか、あるいは低下しているのでしょうか。

文面の「・・・→2011年東日本大震災」の後に「・・・→20??年南海トラフ巨大地震」と続くのか、ならば、それはいつなのか、を憂慮するとき、防災意識の低下、記憶の風化、は何としても避けなければならないことでしょう。

確かに「11年3・11」後、人々の間に防災意識は、これまでになく高まり、例えばそれが、家の中の家具やテレビを倒れないよう固定することだったり、とりあえず“これだけは”と非常持ち出し品をひとまとめにしたり、万が一のときの備えはしておこう、と考えたり、行動に移したりしたことと思います。

“面倒くささ”に流されがちな防災意識の継続

私も非常持ち出し用のリュックをつくり、その中に防災グッズ~懐中電灯や自家発電機能付き非常用ラジオ、電池、多少の医薬品など~を入れ、納戸の片隅に置いてあります。

当初、このリュックの中には、貯金通帳や印鑑の類も入れておいたのですが、これらは使うたびに出し入れしなくてはならず、それが“面倒”で今は、出したままにしてしまっています。

反省すべきは、しっかりと準備をしようと思えば思うほど、比例してのしかかってくる対策の“面倒くささ”でしょうか。・・・そして、今日明日はあるはずもない、という、起きてからでは遅い心構えの変化-。

災害に見舞われれば、まず最初に家の中で起きるのは、家具の転倒! であり、特に薄型のテレビなどは簡単に倒れてしまいます。狭い室内でその種の出来事が、危険極まりないことは分かっていても、固定することに関しては、設置の面倒くささを理由に概して、消極的なのではないでしょうか。

震災に加えて昨今は、異常気象による災害もハンパでなく起きています。昨年秋には竜巻が、栃木県や埼玉県、千葉県など関東地方をも急襲しており、それが巻き起こす突風のすさまじさは、通過するところ、容赦なく破壊の、まさに恐怖です。

それはそれで承知していることなのですが、一方、準備をしていたところで、突発的な事態には到底、太刀打ちできるわけもない、という“あきらめ”の気持ちが、人々を支配していることも確かです。結局、そのときはそのときだろ、という“開き直り”です。

が、全体的な括(くく)りで言えることは、例えば避難場所への緊急移動にしても、日ごろ、道順などをシュミレーションして準備しておくのとおかないのとでは、パニック状態での行動の中、大きな差となって表れるのではないかと思います。

友人が年頭に記した「いつか来た道?」の警鐘は、心にズシリと響く、重いフレーズとなりました。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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